アズワンネットワーク

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アズワンコミュニティをどう考えるかーービートルズも訪れたであろうー

石見 尚

農協、国会図書館調査局課長、(財)農村開発企画委員会常務理事、東京工業大学大学院講師(非常勤)を経て、日本ルネッサンス研究所設立。
日本ニーム協会顧問、KINSPARC(インドのNGO)アドバイザー。農学博士                   

アズワンコミュニティをどう考えるかーービートルズも訪れたであろうー

 2013.10 『協同社会』協働社会研究会

1 アズワンコミュニティの名称について
 ビートルズ・ファンならば、すぐわかるであろう。アズワンはジョン・レノンの「イマジン」のなかにある言葉である。
  You may say I’m a dreamer 僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
But I’m not the only one      でも僕一人じゃないはず
I hope someday you’ll join us    いつかあなたもみんな仲間になって
And the world will be as one    きっと世界はひとつになるんだ
(ai-zen.net/ka回nrinin/kanrinin5,hjtmから転載)

名称は、このコミュニティの仲間の若い人が付けたそうであるが、このコミュニティはイギリスではなく、日本にあるのである。三重県鈴鹿市に現存し、来訪者は日本はもとより、韓国、ブラジル、ドイツからもあるという。将来社会にゆきづまりを感じる人たちである。
このコミュニティがなぜ興味を呼ぶのか、そのわけを解いてみよう。

2 それが形づくられるまで
 コミュニティとは、目的集団であるアソシエーションとちがって、最も包含的な社会生活の複合体である。その複合体は多数の人が諸種の社会関係のもとに会合や習慣や伝統を資源(それは絶えず変わる)として共有しながら共生する集団であって、社会的な目的と利害が共通であることを知っていることが条件である(これはG.D.H.コールの「社会理論」の冒頭にあるヨーロッパ的なコミュイニティの定義によっている)。
 アズワンコミュニティはどんなコミュニティか。かれら自身の説明を聞こう。
 「2000年の暮れから、2001年の初めにかけて、20世紀から21世紀への変わり目でした。本当に仲良く親しく、誰もが安心して暮らせる社会を作るろうと、有志が集まり、この活動がスタートしました。場所は、三重県の鈴鹿市です。アズワンコミュニティという名称は、まだ最近になって、そう呼ぶようになったばかりです。当初は、名称もなく、「一つの社会の試み」とか何とか言っていました。 人と人とが隔てや境なく、どんな状況でも反目や対立のない、家族のように親しく、にこやかな社会を規模は小さくとも実現しようという試みです。
先ず最初は、ふとしたキッカケから、数人の有志が「新しい社会の試みを一からやっいてみよう」と、たまたま、それまで縁もゆかりもない、この三重県鈴鹿の地に寄りました。
それ以前から、有志によるミーティングが行われていて、そこでは、これからの社会のことや各自の生き方について、真剣に討議が繰り返されていました。そのミーティングが有志によって鈴鹿で行われるようになり、それを聞きつけて各地から参加者があり、その参加者の中から「新しい社会の試み」を共にやってみようという人が次々と現れ、鈴鹿に移り住んできました。 当時の勢いは相当なもので、各自それまでの職や住まいを御破算にして、この活動にかけるのですから(2001年)で、50世帯以上になりました。
  (中略)
2001年から2005年ころまでの間に、住まいや仕事など様々な移り変わりがあり、会社や飲食店や保育園などの体験によって、それぞれに自分自身を見つめなおすキッカケにもなりました。
 それまで一緒にやっている人や運営のやりくりに苦心していた活動を振り返りながら、「本当に何を願って、何をやろうとしているのか」と、探っていく中で次第に、自分の願い、自分の目的に焦点があたるようになっていきました。
自分の願い、自分の目的がハッキリしてくると、相手の願いや目的とも何かしら通じ合い、囲つたり守ったりする必要もない開けっぴろげな、お互いの願いや目的にもなってきました。
そして、何かをしても、何もしなくても、通じ合っている面々が寄って、「何かしようか」「何をしよう」「会社でもやろうか」となって、アズワン株式会社という名前で会社が始まりました。
それでも、いざ始めてみると、人や運営に苦心するということを何度も繰り返しました。会社ともなると経営経済が成り立つようにしないと会社が維持できないから、ついついその事に埋没してしまいそうになります。目的を実現しようとしてやっているつもりが、いつの間にやら手段を上手に営むことに躍起になってしまうのです。
そうなりやすい自分に気づき、自分を見つめなおす検討機会を持ち、目的を実現しようとする会社経営を学びながら今日に至っています。アズワン株式会社から、複数の会社に増え、総称としてアズワンカンパニーと呼ぶようになりました。
飲食業、農業、建築や住宅関連、不動産業などを営むことによって、コミュニティの食生活や住生活の一端を担っています。
職種、業種が広がるにつれて、老若男女いろいろな立場の人が、その人その人に応じて関わり活躍しています。
アズワンコミュニティの基盤となる非生産活動(サイエンズスクールやサイエンズ研究所など)を経済面からバゥクアップしています。
一人一人の自由、安心、快適、満足・・・を実現することを目的として経営しています。
これらを言いかえると、会社経営というより、むしろ、願いを実現するためのアズワンコミュニティ経営でもあるのです。
以前は、近くに住んでいるとか仕事を共にすることによって、お互いの繋がりを実感することが多かったのですが、アズワンコミュニティがあることによって、住まいや仕事で直接の関わりがなくても、一人一人の暮らしが、密接に有機的に繋がっているのを肌で感じられるようになってきたと思います。
アズワンコミュニティは躍動する一つの生き物のようだと言えるでしょう」(SCIENZ No.1 サイエンズ研究所2011, 第2章による)。
以上はアズワンコミュニティ自身が語る成り立ちである。
驚くべきことは、われわれ社会科学研究者が翻訳すれば、「能力に応じて働き能力に応じて受け取る」から「能力に応じて働き必要に応じて受け取る」という有名な命題の後段の部分の言葉を,「おふくろさん弁当」の店長と本部の事務局責任者の二人の女性が別々に普段の言葉で「一部実施しています」と、当たり前のことように言ったことである。日本の伝統的コミュニティには、このような習慣のあるところある。しかしアズワンコミュニティで耳にすると、深い意味があるように思われる。この生活共同体でこのような価値観がどこから生まれたのか、その由来を是非確認してみたいものである。

3 コミュニティの種類とアズワンコミユニティの位置づけ
さきのG.D.H.コールの社会理論で紹介したように、現代社会はコミュニティとアソシエーションの二つの基本的組織から成り立っているのであるが、その一つのコミュニティには種々のタイプ(種類)がある。その主要なカテゴリーを上げよう。
・先住民(部族)コミュニティ
インドの「森の民」、カナダ・インディアンの集落など
・ 伝統的農山漁村コミュニティ
アジア・モンスーン地帯の水田集落(日本、タイなど)、ヨーロッパ農牧集落(スイス、スペインなど)
・共同所有企業コミュニティ
スコット・ベーダー社(シュマッハー著「スモール・イズ・ビューティフル」参照)
・協同組合コミュニティ
AF。レイドロー提唱(国際協同組合連盟「21世紀の協同組合」参章)。
日本では千葉、埼玉県下で萌芽的に始っいている。・ ・入植型コミュニティ
19世紀半ば、ロバート・オーエンによるアメリカでのニュー・ハーモニ
開拓村、日本では武者小路実篤の「新しき村」、上野満の「新利根協同村」、ヤマギシズム実顕地、スペイン・バスクの共同村など
・宗教的コミュニティ
カソリック修道院、ボンペスタ共同体など
・その他
障害者の福祉と生活の施設など
アズワンコミュニティは「入植型コミュニティ」に入る。「入植型コミュニティ」は理想社会を求めるドリーマー(夢想家――イマジンによる)が集まって作る共生体である。名称のとうりである。

4 アズワンコミュニティの持続条件
「入植型コミュイティ」は歴史的に持続した事例が少ない。その一般的理由は
① 職種が農業など単一の職種に限られ、人間の多様な働き方、能力の発揮、生甲斐の場が少ない。創世期の初代の時は矛盾がでないが、二代、三代になると流出現象がさけられない。
② 入植開拓地は交通手段や市場など生活インフラが整備されていないのが一般である。そのため望むと否とにままわらず、自給自足の経済体制が必至である。そのため共同体には、内部で生活物資やサービスを提供ないし交換するための実技が必要になるが、入植参加者にはインテリが多く、第二次、三次産業などの職をもたない者が多い。抽象論、観念論だけでは協同社会は成り立たないことはわかっいていても、個人の自由と民主主義の建前上、手に職を強制するわけにはいかない。
③ 清教徒シェーカー派のように独身主義を信条とすれば、種族として絶滅する。
以上の「入植型コミュニティ」の傾向と比べるとアズワンコミュニテイは立地上、インフラと外部市場にほどほどに恵まれているし、また内部的にインテリが多い割りには、多様な職種に興味を持つひとが多く、また、農業以外にも弁当屋、不動産業、学習塾などいろいろな就業機会を設けている。そもそもこのような開かれたコミュニティを着想するに至ったのは、一つの思想信条で人間をまとめることは不可能であることに気づいたからであるという。したがつて、このコミュニティでは全体集会も執行部(役員)もないという。互いの話合いで、「今日は何の作業をするか決める」どいう。
詩人、ヒメネスの「プラテーロと私」を読まれただろうか。私はプラテーロの死のところで涙があふれ出た。プラテーロのコミュニティのような市場のにぎわい、鍛冶屋の槌音・散る火花・ふいごの音、夕方の街角の人々の話声、子供たちの遊びと騒ぎ、そのような牧歌的な伝統的コミュニティの風景は、入植型のアズワンコミュニティには見られないし、雰囲気もただよってもいない。現在の自動車社会では望むべくもないであろう。鈴鹿市のよく整備された市中の一住区、それがアズワンコミュニティのたたずまいである。
アズワンコミュニティの略図(省略)
(省略)

4 アズワンコミュニティの持続条件
 でも、アズワンコミュニティの人たちと話をしていると、昔、日本のどこかで会ったことがあった気がする。善意の塊のような集団である。これが果たしてどこまで持続するのか気になる。予測はたいへん難しいが、アズワンコミュニティの経済基盤となっている「おふくろさん弁当」と農業の「SUZUKAFARM」について検討しよう。
(1) おふくろさん弁当の経営
この弁当企業は「手づくりの味」をセールスポイントにして、日替わり弁当を鈴鹿、四日市、津市の病院スタッフなどを対象に約800食を個別配達している。日替わり弁当の企業としての成立食数は1日500食といわれているから、800食というのは立派なものである。月22日、単価530円とすれば、売上は年間、約1.1億円である。粗利益率を45%とすると、粗利益は約5千万/年である。これをコミュニティの維持管理とそれに携わる人員の最低生活費(5万円/月)にあてると仮定すると、多くて50人程度は扶養できる。
粗利益率を上げるとすれば、SUZUKA FARMから提供できる地場野菜の供給量にかかってくる。「おふくろさん弁当」が1食180グラムの野菜を使用すると仮定すると、年間野菜3.7トンを消費する。これをコミュニティ農場SUZUKA FARMが供給できるかどうかにかかってくる。
(2) SUZUKA FARM
この地域は庭木用のさつき栽培の園芸がさかんな土地である。最近、農業者の高齢化で耕作放棄されている農地が増えている。SUZUKA FARMは、鈴鹿市中心部および近郊にあるが、農用地保全区域に指定されている農用地である。中心部のそれは、スーパーショップが管理する土地であるが、休耕しているので貸してくれたものである。したがって、アズワンのメンバーはすこしの手間をかけて野菜栽培の優良農地に復元した。規模は約1.5haである。水稲、レンコン、タマネギ、スイカ、バレイショ、ブドー、モモ、ミカン、葉もの、カボチャなど、多品種少量生産の見本農場の観がある。その他の畑地3haは大規模に玉ねぎ、ジャガイモ、ブロコリーを栽培し、ジャガイモはポテトチップスの原料としてメーカーと契約栽培をしている。ほかに田8haがあり、米ともち米を栽培している。
農林水産省の野菜統計(40品目)から計算すると、作付面積10アール当たり年間の野菜の収穫量は2.7トンである。SUZUKA FARMの場合、休閑期を延べ3か月と仮定すると、収穫量は10アール当たり1.6トンであるから、農場全体として24.0トンと推定される。したがって、「おふくろさん弁当」の野菜所要量3.7トンを満たして余りがある。在庫量20.3トンはアズワンコミュニティの構成員の消費と販売あるいは近隣者への「贈り物」として用いることができる。
日本人の野菜の消費量は1人1日あたり350gであり、年間126Kgである。アズワンコミュニティは野菜在庫20.3トンで161人を養うことができる。もちろん人間は野菜だけで生きていけるわけではないから、生活の他の方面の費用を捻出しなければならない。これは畑の3ha,水田8haの農業収益で十分に賄うことができよう。アズワンコミュニティでは将来の構成人口を150人程度と想定する摂もあるようであるが、あながち過大想定とは言えない。推定されるコミュニティの規模は、一世帯平均3人と仮定すると約50世帯ほどの小規模のものである。
スコット・ベーダーやモンドラゴンの企業コミュニティでは従業員300人を上限としているから、アズワンコミュニティの想定150人(50世帯)は合理的であろう。いずれにしても、入植型コミュニティは概して小規模であって、持続可能規模を越えると分村・独立し、それらがネットワークを作ることになる。それらは既存の在来型のコミュニティと共存共栄することによって持続することができる。開かれたコミュニティの典型となるか、アズワンコミュニティ。
(2013.7.11)

新しい地域づくり―美味しく楽しく!

片山弘子 (鈴鹿市在住) 

友人の誘いで鈴鹿を訪れた2010年には、アズワンコミュニティという名前はまだなかったのですが、当時すでに50人を超える人たちが、毎日のように自分の失敗例に大笑いしつつも真摯に自分の内面や人間関係、社会のことなど何でも検討していました。なぜそんなに軽やかなのか?楽しさのうちに本来の自分・人として共通なものを検討しあう実態に立ち会い、失敗多いお互いを認め合える優しさや、より良いものを互いの中から生み出し合おうとする、暖かな力強さを感じました。その輪の中で私もいかに周囲の目を気にして対応に気を取られていたか思いがけず気付きました。
アズワンコミュニティもここに至るまで、いくつもの活動や会社が出来ては行詰り・倒産など失敗には事欠かなかったそうです。他との大きな違いは、サイエンズ研究所とサイエンズスクールをコミュニティから独立して創設した点で、本質からの検証に専念するメンバーと、一方で誰でも参加できて各々自分の出来るところまで探求しあう体験が開放されています。率直な声がコミュニティ作りの貴重な資料となり、同時に誰でも探求し合う楽しみを知る、生きた社会気風が先に産み出せたことではないか?そこに安心して暮らせる方向性とダイナミックさを感じて引っ越してきた次第です。

一方的にGIFTされる野菜やお惣菜=贈りあい経済への試行、半年目
ミニトマト、きゅうり、ナス、オクラ、ピーマン、にら、とうもろこし、すいか・・・、玉ねぎ、にんじん、ジャガイモと、この半年余り山のような野菜とお米、調理されたお惣菜がコミュニティの真ん中に途切れることなく届くようになりました。これは昨年暮れから(株)Suzuka Farmで農業を営む青年たちがきっかけでスタートしたコミュニティライフストア=贈り合いのお店の様子です。そこではお金も、コミュニティ通貨RINKAも使わないで、一方的にGiftされるばかりです。決して、たくさん採れて余っちゃったから届いているのではありません。一級品を届けたいと思った若者の心がきっかけで、さらにシニア世代のベジタブルコミュニティくらぶの面々が思い思いに運び込む野菜。さらに、おふくろさん弁当からのGiftとしてたっぷりの夜のお惣菜が調理され届けられるようになりました。毎日時間になると、思い思いの容器を持った人たちが、美味しさと気楽さに惹かれて集まり持ち帰っていきます。
きっかけを作った(株)Suzuka Farm の青年たちは、ストアに贈る分をはじめから組みこむ経営を模索し、力強い会社にしていきたいと考えているそうです。種を撒き、気がつくと稔っているーー自然に任せて出来た野菜を本来的に活かし、全く新しい社会づくりを試みたいというのです。一方的に送られるだけの野菜やお惣菜を前に、そこを使う人の心はどうなるか?我先に急いで奪い合う必要は本当になくなるのか??これも内面を見つめ、同時に社会の仕組みを整えていく、人間と社会の面白い資料になりそうです。
私も毎日このお店に立ち寄って、スイカを私の必要な大きさに切り分け味見しつつ、米も野菜も使いたいだけ持ち帰られる快適さに、言葉では表現しがたい安心とやさしさを感じつつ、おいしく戴く毎日です。
そして私ですが、古びて放置されていた家具展示場を仲間の持ち寄りで改造した鈴鹿カルチャーステーションの「街の縁側、学び舎、エコステーション」事業で一役を担っています。ここは鈴鹿の皆さんにとっての様々な文化活動や環境活動、寄合を支える縁側であると同時に、アズワンコミュニティを訪れる人の玄関でもあります。
私はここで長年培ってきた茶道で、三年目にしてようやく経済的にも自立できる見通しをもって、嬉しさと共に思うままに教室経営に取り組みつつ、一方で立ち上げていたNPO鈴鹿循環共生パーティーの活動で持続可能なまちづくりを模索する毎日です。有難いのは、良い時も行き詰ったときも、心の状態から経済まで含めてオープンに相談できる機会が日常的にあり、毎日を実験的に見ていくだけでなく、コミュニティライフストアに代表される具体のことで支えられ、必要に応じた収入を得るために相談できるという、自立しながらも孤立感や頑張りから縁遠い状態にあることです。

炭焼窯が完成!
6月はじめからスタートした里山での炭焼窯作りが7月21日(日)の窯うち式を迎えました。里山整備事業は3年前から手掛けましたが、地主さんの理解の上に、アズワンコミュニティのメンバー数名がきっかけで、地元自治会の方々、鈴鹿市民のみなさん、三重県南部で炭焼窯づくりの経験のある方など、多くの出会い、理解と協力で実現したもので、窯うち式には子供~シニアまで総勢70名の人たちが参加。地元のマスコミにも大きく紹介されました。
この里山は鈴鹿市の指定した重要生態系地域の一角です。市中央部から車で10分、普段着でいける場所で、昨年度は子どもから家族に人気が広がり、鈴鹿市内の小学校30校中22校から参加がありました。今後は炭焼き体験が加わって、鈴鹿市の子どもたちに化石燃料だけでは感じにくい、新しい文化の体験が出来るようにとの願いからですが、さて実際に子ども心にどんなものをもたらすでしょう。おそらく携わるメンバーの心の内容が大きく影響しそうな気がします。観察しながら、より本質的な方向を探ってきたいです。

アズワンツアーへのお誘い
関心のある方が増えたので、アズワンコミュニティに実際に触れていただく機会として、「探訪デイ(アズワンツアー)」を用意しています。