「マインドセット」を「マインドリセット」する手法

今年5月に静岡県浜松市から6カ月間のサイエンズ留学のために鈴鹿コミュニティにやってきた吉岡翔一朗君(26歳)。前半やってみて、自分の意識の変化などのレポートです。

日中はサイエンズをやってる人たちに囲まれた職場で働き、夜はサイエンズゼミに出て。月1回1週間程のサイエンズのコースに入る。
サイエンズ漬け、サイエンズの漬け物(笑)

何か身につけてるというより、身についてるのを取り除いて「無い」状態に戻っていってる感じかな。
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サイエンズは人間にはそもそも無い色んなものが「有る」社会で育った人たちが自分の中の「有る」を取り除いて「無い」状態に、人間本来の姿に還っていく手法なんじゃないかと思う。

そうやって人間本来の姿に戻ってく人たちで、平和で幸せな社会を実現しようとしているんじゃないかなと思う。
(彼のfacebookより一部抜粋)

  ↓ ↓ ↓ (全文は以下をご覧ください)
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●おもしろ例①
今日弁当屋さんで、自分がまだ仕事をしている中、先にのんきに休憩してる年下の後輩にイラっと反応してる自分が面白かった。


(ある日のおふくろさん弁当下ごしらえチーム)

自分の中にある
まだ仕事をしてる人が居るなら手伝うべきだという「仕事観」
年下で後輩は年上に気を使うべきだという「上下観」
という観念に反応してるような感じだった。

「のんきに休憩してる」って捉えてる自分も面白いよね。

どういうところから「のんきに」って出てくるんやろうなぁ。
 
体調が悪かったかもしれないし、疲れてたのかもしれないし、
向こうは運動部とかにも入ってない高校生で初のアルバイトらしいから、そもそも自分のような「仕事観」「上下観」が無かったんかもなぁ。
 
今の社会だと一緒に仕事してて先輩より先に休憩するなんて「えー!」って感じがするけど・・・向こうがどんな感じだったんかなんか純粋に聴いてみたくなる(笑)


(別なある日のおふくろさん弁当下ごしらえチーム)


●おもしろ例②
相手「冷凍庫にあるアイス取って。」
自分「えー。」
 
弁当屋の休憩中のこの何気ないやり取りを、他から見てた人が少し時間が経ってから「何かに反応してた?」って聞いてきた。
「え?」ってなって、「そういえば・・・」とその時の自分を思い出してよく観察してみると
 
相手「冷凍庫にあるアイス取って。」
自分「えー。(隣に座ってて距離変わらんやろ、自分で取れや)」
 
ん~「距離が変わらんならモノ取ってと頼むな」っていうような観念に反射して反応してる気がするなぁ。とか
そこで相手の気持ちとか、どう思ってるとか関心が無かったなぁ。
とか。



こんな一瞬のやり取りの中に意外と自分の隠れた意識がけっこう有るもんだね。
聞いてくれたおかげで無意識の自分に少し気づけたかな~ありがたし。

ん~そして向こうも隣に座ってるのにアイス取ってってどういう感じやったんやろうね。ってか「隣に座ってるのに」ってなんかこっちに有るね(笑)
 
こういう自分でも気づけないのが溜まっていくと、その人の何気ないことですごく反応するようになったり爆発したりするんだろうなぁ。

仕事場で一緒に働きながら「さっき~に反応してなかった?」っていうやり取りがお互い笑いながらできるのも面白いよね。

自分では見えないけど、周りからは見えてる時ってけっこうあるんだろうなぁ。
やっぱこういうのは1人でやってくより、コミュニティでやってった方が圧倒的に広く深く早いだろうぁと思う。


 
 
サイエンズ(SCIENZ)留学の前半戦が終了して。
なんか意識がこんな感じに変化してきてしまっているような。
 
日中はサイエンズをやってる人たちに囲まれた職場で働き、夜はサイエンズゼミに出て。月1回1週間程のサイエンズのコースに入る。
サイエンズ漬け、サイエンズの漬け物(笑)

何か身につけてるというより、身についてるのを取り除いて「無い」状態に戻っていってる感じかな。

他のことで例えると、今の社会に合わせてリノベーションされた「無」「空」「零」の禅や仏教を使ってるような感じなんかな。
(ちなみに禅や仏教には社会という視点は無いらしい。その当時は必要無かったんだと思う)
 
何が「無い」かっていうと例えば、否定・責め。
 
例えば会社の方針やスローガンで「否定、責め合いは無いようにしましよう」ってやったとしたら、そこで働く人たちはそうするようにするかもしれない。それで表面上は否定、責め合いが無いようになるかもしれない。

しかし「無い」は表面上や表れが無いのではなく、そもそもそういうのが沸かない状態。もっと言うと沸かないというより、そもそもその人の中に、否定・責めが「無い」状態。

「有る」ものを「無い」ようにするっていうより、もともと「無い」ものが「有る」ようになってて、それを「無い」に戻す感じ。
「無い」という特殊な状態に成るというより、元に還るという感じなんかな。


(サイエンズ留学生メンバー & サイエンズセミナー6月度参加者)

否定・責めが無い状態って「人間にはそういうものが有るっていう」人間観が「有」ってありえない状態に思えるけど、人にそもそも否定・責めは無い。人は産まれてきた時「快・不快」しか持ってないらしい。あとのものは後天的に、周りの環境の影響で付いて「有る」状態になる。
なので、否定・責めが無い人たちの中の環境で育つと否定・責めが「無い」人が育つんかな。

サイエンズは人間にはそもそも無い色んなものが「有る」社会で育った人たちが自分の中の「有る」を取り除いて「無い」状態に、人間本来の姿に還っていく手法なんじゃないかと思う。

そうやって人本来の姿に戻ってく人たちで、平和で幸せな社会を実現しようとしているんじゃないかなと思う。



「ある問題を引き起こしたのと同じマインドセットで、その問題を解決することはできない。」
というアインシュタインの名言があるけど、ああその通りかもなぁと思う。
1人1人の中に対立や争いのタネが有る状態で、対立や争いの無い社会は実現できないと思う。

「先に休憩してる年下の後輩にイラっとする」っていうのが、何気ないけど争いや対立のタネなんだろうね。僕も今の所、戦争を起こすきっかけを持つ1人。

サイエンズはここで言う「マインドセット」を「マインドリセット」する手法とも言えるかもしれないね。




前半戦終わって自分はどうなのかというと、まだまだたくさん「有る」状態。
 
だけど来る前は、「有る」のが「有る」のすら気付いてない状態。
「有る」けど「無い」というかそれが普通になってる無自覚な状態だったかな。
まあそういう人たちの中で育ってるしそうなるよね。

サイエンズスクールのベーシックの「自分を知るためのコース」「自分を見るためのコース」「内観」が終わったけど、ひたすら焦点を当ててるのは「自分」で、相手やコミュニケーションのことなどは一切出て来ない。

コミュニティのことを学びにも来てるつもりで、ひたすら「自分」ばっかりで大丈夫なのかよ~って思ったこともあった気がするけど

「自分」が明らかになってくると、相手や周りにも自然に関心が生まれてくるんじゃないだろうかと思っている。
ここも関心が有る特殊な状態に成るというか、関心が無くなってる障害を取り除く感じなんかな。
キメつけ、思い込みが「有る」と関心が消えてることが多いなぁと思う。

にしても純粋に人間って面白いなと思うようになったかな。



「相手がしてくれたこと」が見えなくなるだけならまだしも、
「相手がしてくれなかったこと」が見えるようになって不平不満が出てきたりとか。

「~をしてくれなかった」ってよく自分もよく言ったり聞いたりしてたけど、ビデオカメラでいくら撮っても「相手がしてくれなかったこと」なんて写らないなぁなんてね。「相手がしてくれなかったこと」が写るカメラってのが出たら欲しいなぁ(笑)
そして反対に「相手がしてくれたこと」はそんなの当たり前だとなってか「無い」ようになったり。

「有る」ものが「無い」ようになったり、「無い」ものが「有る」ようになったり。
実際は「有る」もので満たされてるんだろうけどね。
 
後半戦へ
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