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お金や上下関係がない社会を実践しているコミュニティ

2月20日~21日、コミュニティ探訪DAYに参加された京都の地域団体「本町エスコーラ」の佐々木さんが、素敵な写真を撮ってくれました。紹介させていただきます。



また、以下に、同じくこの探訪DAYに参加されていた山口さんの感想もFacebookコメントより紹介します。

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先日、鈴鹿アズワンコミュニティに行ってきました。
現在100人くらいで、大きな家族のようにして、お金や上下関係がない社会を実践しているコミュニティです。
あり得ないことが実現しているように見えて、未来に希望を感じました。
忘れないうちにメモしておきます。

●産業を作っている
仕事と別にであったらお金や上下関係がないグループをつくるのはわりとできそうです。しかしアズワンでは資本主義社会の中で産業を作って経済的な持続可能性を確保している。お弁当やさんや農業などかなり大規模に展開しています。お弁当やさんの組織論は面白かった。上下関係がないほうが、問題点や改善点が指摘されやすい(フィードバックがある)。人を雇うときは、頼りない感じのひとを選ぶようにしている。など。

●お金のない生活
コミュニティで働いている人の全員ではないけれど、70人くらいは家計をコミュニティに預けている。コミュニティの台所的な場所があって、お弁当屋さんで作った食事やその他の日用品が並べられている。必要なものを必要なだけもっていってよい。なので日常生活でお金を使う必要がない。台所的なものを共有することでとても効率的にまわっているようです。たとえば家族ごとにご飯を別々につくらなくていい。
 しかし、この部分はどうなっているのかまだ良くわかってないです。普通に考えたら何かいろいろ問題が起きそうなものです。とくに「不公平」感が出て来たりしそうなものです。なんでそうならないのか。

●コミュニティに境界がない
行ってみて驚いたのは全くの街中にあることです。なんとなく山奥の隔離されたコミュニティを想像していました。普通の社会とは距離を置いて別の社会を営んでいるような。アズワンコミュニティは完全にとけ込んでいます。というか、そういうのがあるっていうことを町の人はあまり知らないそうです。関連する施設は町中に点在していて、ここから中がコミュニティといえるような、そういう境界はありません。

物理的な境界がないだけでなく社会的な境界もはっきりしていない。メンバーというのがはっきりしていないそうです。それぞれがちょうど良い距離感で参加している感じでした。「わたしたち」と「かれら」というような区別が明確にはない。



●ルールやシステムで運営しない
普通は、組織を運営していると、組織が回るためには「ルール」や「システム」を明確化しないといけない、と考えてしまいます。当たり前みたいに。「~すべき」という命令があって、その命令に従うから秩序が与えられると考えられている。しかしアズワンではそういう発想をしないことにしているみたいです。個人への信頼で成り立っているし、個人がとても尊重されている。全体の目的から個人のやることを決めるというより、個人のやりたいことから、全体がうまれている。個人が目的のための手段のみとして用いられることがない。

●自分やコミュニティの問題を楽しんで研究する
でもルールでしばらなくてもうまく回るのは、ここの人たちには一般的なものとはすこし違う心の動きかたが根付いているからなんじゃないかと思います。

彼らは心の動き方についてみんなで十何年もずっと研究しつづけている。「当事者研究」ですね。そのなかで、自分やコミュニティの問題も研究課題として楽しむ感じになっている。何か問題がおこったときには、なんで自分はそれを問題だと思っているのか、を問う。相手の責任を糾弾するのではなく、自分の心の動きを観察したり、相手の行動の背景を考える。自分は何をしたかったのかを問い直す。こういったことが日常的に実践されているみたいです。

研究といっても、何か肯定的に普遍的法則性についての知識を積み上げて行くというのではなくて、すでにある思い込み、考えの枠組みを取り除いて行くことに焦点が当てられているようでした。
26日の夜9時から、ここを紹介してくれた米田さん、一緒に行った佐々木さん川口さんと感想を話し合う会をするので関心あるかたは連絡ください。
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