いずれくる老いや死を明るい未来にするには?

「理想の暮らしを語る会」の11月度公開講座「介護は新しい文化を創造する」が鈴鹿カルチャーステーションで開かれた。
主催者の一人、中井正信さんの「老いてボケて死んでゆくことを、明るい未来としてとらえて、あぶり出してみたい。老いを見直す機会としたい」と言う挨拶から始まった。
6人のパネラーが一人ひとり自分の体験を通して、老いや死をどう捉えているのかを発表した。




心を観て欲しい
宮地昌幸・小浪夫妻(心臓疾患者と家族)
心臓の疾患で、何度も心臓が止まり、死を目の前にするが、何とか一命を取り留めている。
「入院中いつ死ぬかわからないという状況の中で、看護士さんはよくやってくれるけど、体のことはとてもよく見てくれても、心までは観てくれないから、やっぱり誰かに傍にいて欲しいと思った。妻に頼みたいが、大変だろうという思いがあってなかなか言えなかった。甘えたい気持ちが素直に出せなかった」
思い切ってLINEしたら来てくれた。そのあと娘さんも来てくれたが、一番うれしかったのは孫だった。
「孫の顔見たら生きようと思う。生きようとしなくても細胞が活気づく感じだったな」
現状では看護士さんがそこまではできないだろうが、介護には心を観るということが必要だということだろう。
「主人の食欲が落ちてきて、でも何とか食べさせようといろいろ工夫した。頭を満たすために料理番組見たり、料理本見せたりした」
小浪さんは「来てほしい」というLINEをみて「本当に不安だったんだなぁ」と思い、気持ちを支えたいと思ったそうだ。今は仕事をやめて、宮地さんと一緒にいる時間を作っている。

なんでも相談できる向こう三軒両隣
市川憲一(癌疾患者)

大腸がんが見つかり、最初末期がんと思い込んで、「俺はもうダメなんだ」と開き直ったけど、手術できるとわかったら、大喜びした。やっぱり自分は生きたいんだと思った。
抗がん剤治療に入るが、「体の反応が、死のうとしてるんじゃないかと思うほど苦しかった」
そこで、いろんな人に相談してやめる決断をする。
「向こう三軒両隣じゃないけど、なにかあると宮地さんやいろんな人の家に押しかけて行って話を聞いてもらって、そんな中でやってきたから不安はどっかヘ行ってしまった」
自分の体のことなのだが、人に相談したり聞いてもらうことで、不安から解放されていく。

ゼロから見れば病気も悪いものじゃない
金治智計(腎透析患者)

8年前から腎臓の透析を受けながら暮らしている。透析の影響で、血管が細くなり何度も手術を受けている。
「病気は付き合っていくと有難い。いろんなところが悪くなるとZeroになれる。付き合い方によっては悪くない。サイエンズゼミやサイエンズサロンに参加することで、自分に還れる」
病気は嫌なものというキメツケを外せば、本来の自分の姿が見えてくるのだろうか。

明るい人たちに包まれて
野尻四郎(癌疾患者)

2001年にがんが発覚して、その後体中に転移する。
「これはもうダメかなぁと思い人に勧められて、秋田の玉川温泉へ湯治に行ったら、そこにいる人たちが、まぁ底抜けに明るい。免疫細胞がどうなってるのか、明るさと関係してるように思う。おふくろさん弁当という会社があるが、あそこの人はみんな明るい。そこで働く人も何人かはがんを患っているけど、みんな明るい。斜めに構えてる人も真っすぐになる。」
周りが明るければ、自分も明るくなり総いう心持ならば、免疫力も高まるのかもしれない。

心を聴く介護
今井亜子(介護経験者)

たまたま隣に住んでいたのが介護の先生で勧められて介護の勉強をする。その後、脳性麻痺の人の介護を務める。
「知能は正常で体が動かないだけなので、何を言わんとしてるか聞こうとする。その人の体の一部になるぐらいの密着度で介護していた」
その経験が、末期がんで半身不随状態になったご主人の介護に活かせた。しかし
「体の介護は出来たけど、心のケアができなかったという、後悔が大きい。本人と、遺族を含めた心のケア。『話し合い』ができる間柄が重要だと思う」


死に直面した、普通なら重い話だが、みななぜか明るく、時には笑いを交えて、話してくれた。老いや死に対してこのように明るくふるまえるのも、言葉としては出てこなかったが「サイエンズメソッド」を使い、自分や人の内面、心の状態を知り、本来の生き方を調べてきているからだろう。そういうお互いのつながりの中で生きていくことが、老いや死が明るい未来となっていく、不可欠な要素なのだろう。
(取材 MARU)


「理想の暮らしを語る会」フェスブック←こちらから、今回の講座の感想が読めます。
各地の情報 | - | -