今を、自分を、生きているだろうか?

結果に一喜一憂する、周囲の評価を気にする、他の人の言動が気にさわる、等々は自分の生き方をしていないからではないでしょうか?
趣味・興味・関心・得手不得手・感情・欲求・願望・知識・経験・発想・思考、等々、自分のものだと思っていても、自分の生き方をしていない自分から出ているものかもしれません。
人の一生を観察し、人生とは何か、人生の目的や生きがいを知るための機会を持ってみませんか?
2月人生を知るためのコースに参加した人の感想を紹介します。
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◆人と人の本当の幸せ
「なんで生きているのかわかんない、生きる意味は?」って考えていた。
考えていたというよりは、思っていただけで、なんのために生きているのか全然わかんなくて苦しかった。
でも、もう、そんな風に辛くなることはないだろうなと思う。
何をしたいかが見えてきた気がする。
問題や苦しみが起こる根本的な原因は、目的を知らなかったからなんだろうな。
行為や感情や欲求や気持ちは、全て手段であり目的ではないんだ。
食べることも、仕事をすることも、勉強することも、目的を達成するための手段なのだから、やってもやらなくてもいいんだ。
常に、手段と目的を取り違えないように、自分の本心は何か、目的は何か、見失わないようにしたい。
もしも、人の本心が一つなら…
他人が幸せで、私が幸せじゃない、なんてことがありえるのだろうか。
私が幸せで、他人が不幸せな状態ってあり得るのだろうか、、、いや、そんなことは、無い気がする。
自分と、他人の関係を断ち切ることは、どうしたってできない。
出来たとしたら、幸せな感じがしない。
自分の考えの中にも、いろんな人たちの考えが混ざり合っていて、自分と他人で別々なんかじゃない、つながっている。
意識だって目に見えないけれど、一つと捉えることができるんだから。そもそも、生命は一つだと捉えられるのだから。
人の行為や言動ではなく、その人の実際はどうなんだろう、を見たい。
ひとかけらの遠慮もなく、もう親しすぎて親しすぎてこれ以上親しくなれないよ~、みたいな関係を築きたい。(というか「築く」みたいなレベルじゃなくて、全世界のすべての人に、そんな親しみを感じられるような自分でいたい。)
そんな親しい関係だと、あなたの幸せが私の幸せであり、私の幸せがあなたの幸せになる。そうやってどんどんどんどん周りを巻き込んでいきたい。
こんな人たちがいっぱいになれば、幸せな社会は実現していけると思う。
「したい」「してあげたい」欲求から、世界がどんどん発展していけると思う。(20代女性)
◆「知る」って?
現われた世界をすべてだと思っていた。
自分が捉えていたものを、実際だ、としている自分がいる。
人の言動や、肩書とかで、人を捉えている自分がいる。
その人の内面に関心が行かない。
そういうものだと思っているから。
実際の自分は多分何もなくて受けたものしかなくて、物質的にも精神的にもそれらがある事に気付く・知るだけで心の状態は変化するのかなと思う。
むしろそれだけで幸せか…
満たされるには「知る」って要素が大きいなー
「知る」ってどんなだろう、知ったらどんな世界だろう。
ただ率直に素直に考えを自分の考えとして知るのがもっとも大きなカギとなるのかな…
(20代男性)

◆そこにあるものの背景
「人っていうのは何なのか」について、しらべて見て、とても興味深いものだった。
普段自分の側から見ると、自分と環境があって、という感じがするが、「自分がどうやって生きているか」を観れば、自分の体のすべては周りから来ているし、内面のものも外からの影響で形成されていってる。
生きるにあたっての身の回りの物も、人の手や自然の産物で、飲み物ひとつとっても、それが作り出されるには、作る工場も、その工場を作るための多くの物があってそれらで工場を作った人があって、その工場でその飲み物を作った人があって、届ける人とその手段があって、なんせすごい人の連携の中で自分がコーヒーを飲んでいる。
自分が何かを受けていて、それが当たり前のことになって特に受けていないとなっているが、そこにあるということは、背景は、実際はどうなっているか?(50代男性)

◆人間らしく
健康に生きようとするエネルギー、方向性。
そういう方向性は、どのような時も変わらずあるようだ。
「死にたい」と言う人にも、生きようとするエネルギーは、死ぬまではあるだろう。
心底は?
幸せに生きたい、みんなと幸せに生きたい。
一人では生きられない。
人として生まれたときから備わっている本心。
うちにあるもので、のびのびと、人間らしく、知性も心も成長していく。
そういう人生をみんなと送りたい。(70代女性)
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