2ndCSS「社会・人間・心の“豊かさ”を探る」~科学技術の先にあるものとは~《7》


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2nd Crossover Study Session (CSS)
「社会・人間・心の“豊かさ”を探る」
~科学技術の先にあるものとは~ 《6》


これまでの記事
第1回 プロローグ
第2回 何のための研究か? 専門化し細分化している現状《1》
第3回 何のための研究か? 専門化し細分化している現状《2》
第4回 何のための研究か? 専門化し細分化している現状《3》
第5回 人間社会にとって必要な研究とその実現とは?《1》
第6回 人間社会にとって必要な研究とその実現とは?《2》


第7回 人間社会にとって必要な研究とその実現とは?《3》

社会的弱者・強者は相対的な見方

 真保 家畜も最近はアニマルウェルフェアといって配慮しないといけなくなりました。例えば、ケージで飼ってはダメだとか。GAP(Good Agricultural Practice:農業生産工程管理……農業において、食品安全、環境保全、労働安全等の持続可能性を確保するための生産工程管理の取組のこと)みたいなことはどんどん厳しくなってきてます。

 内藤 そうなんですよ。もちろん農薬とかね、建築材料もそうだし、多くのものに認証が必要になってきます。

 真保 ただ現場では非常に面倒くさい。でもね、ある意味例えばその、食糧生産のための動物って割り切っていたのが、それがその動物にも命がある、暮らしがあると。あと動物に関わっている人たちの、その労働面にもちゃんと配慮していないと、そのGAP認可は認証取れないとか、相互関連的にはなってきてるんです。

 内藤 そういう意味では時代がようやく、効率的大量生産から適正な関連や循環の中での生産にシフトしかけて来たのですね。

 真保 人も、家畜も、幸福度の高いなかに生産されたものを、ありがたく頂戴できればねいいですよね。ただ国際的な規約だからやらなければではなく、心からやれると本当に幸福度上がるんでしょうけど。

 内藤 私も今日の答えはあえて言わなかったですけど・・・



 片山 このCSSの前に、アカデミー生たちに問いかけられたことですよね。(プロローグ参照

 内藤 私の答えはそれの延長線で、結局弱者というのは、アニマルも自然の生物も全部で、それを人間が全部利用し、できないものは切り捨ててきて、今日の地球環境の崩壊があるわけでしょ。

 小野 そうですね。地球上で、人間が強者になって君臨しているかのような……

 内藤 だからそれ、全部同じ考え方、理念の上に乗っていて、人間の弱者(社会的弱者)も自然の弱者もそれは同じ論理だ、というのが私の解釈ですね。
 だからそれをいいじゃないか、と。抹殺した方が社会の役に立つと言いだしたら、どこまで抹殺するか分かんないです。限度が分からない。もともと全て人間なんか弱者ですよね。生まれた時から、自立してる強い赤ちゃんなんていないんからね。

 小野 さっきまで強者だったのに、ちょっと歳を取ったら急に弱者扱いになるんだから。
 そういう判断は人間の考えでただ尺度決めてるだけでしょ。本質的じゃない。強いとか、弱いとか、人間の考えで決めている相対的なものです。

 内藤 そうですよね。弱者って言ってもね、どこを境界線にするのかいうのも分からない。その延長には動物や植物や自然の大地にまでいってしまう。

 小野 そういう意味では本当にその人類とか、その生物ってことの捉え方が、言い換えれば世界観が問われてる。環境ってことを考えてること自体がやっぱりそうですよね。環境自体が“地球という一つの命”の中のことですから。人も、環境も、地球も“一つの生命”ですよね。

 内藤 結局、生命ってことに戻ってくる。だけど“一つ”と考えないで、みんなのために邪魔になる奴は淘汰したほうがいい、と言い始める。それを言い出したらどこまでの差別が…という限界が分からなくなります。

 小野 そういうことになってきますね。そうすると絶えず怯えているという状態になってきますよね。同じ人間同士が… そういう不安の中に生きてたら、とても幸福とはならないですよね。



経済成長は幻想か?

 片山 さっきアカデミー生のとこで命題を内藤さんが出して答えを言わないでどう思う?といろいろ出し合って終わった話のことなんですけど。あの相模原で起きた障害者を殺した事件で、賛成する人もいたりする、というお話でした。
 なぜ、あれが人間らしくないと言えるのか、その根拠は何なのか。そういう話の流れで今おっしゃってますよね。

 内藤 社会的効率からいったら排除した方が効率がいい、という考えが背景の一つでしょうけど。そもそも社会的効率って何か?ということ自体がね、分からない。

 小野 それこそ“効率的大量生産”、その部分だけのことを言ってる気がしますね。

 内藤 そういうことなんですよね。だから、もし日本が戦時中みたいになったらハッキリしてますよ。鉄砲持って戦争にいける奴が効率的で、それが出来ない者は排除です。鉄砲を放り出して障害の人たちの面倒をみてたら戦争にならないですからね。
 戦争が終わったら、今度は経済競争に邁進した。経済競争に勝つために、効率的に働かせて、時にはリストラして産業を効率化すれば世界に売れる製品になる。
 それが国際競争なんだと。私も役所に関わっていた時代にやられました。「環境のことなど持ち出して、競争に頑張っている俺たちの足引っ張るな」と通産省にも言われましたね。「1円でも安い製品を作って世界に売ってなんぼの日本だ」。それ国策として、決めたんやから邪魔するなと。

 小野 でもそれ決めたというのは、ほんとごく一部の人ですよね。エリートの。

 内藤 ですけどね、ある時代は日本人全体がそれに賛成したんじゃないですか? 日本は産業立国なんだ、エコノミックアニマル結構だと。いまだにそれ引きずっているのが混乱のもとですね。経産省は今もそう思って、首相を操縦して経済発展の政策を強力に推進していますがね。

 坂井 先生、その経済成長のことですけど、何%成長を目標にって言うじゃないですか。
 必ずプラスにして、そのためにはどうとかって言って。経済成長はプラスにしないといけないんですかね?

 内藤 それが資本主義そのものの原理で、金利があっての資本主義ですから。金利が上るためには必ず成長が無いといけない。いまそうでなくても銀行やっているように見えますが…。

 片山 やってますねー、どんどん。プラス経済成長もそれこそ幻想でしょう。

 小野 そうですよね。貨幣自体がただの“約束事”ですからね。お金が回っていくって言うのも、人さえいたら何か回る。

 内藤 回した方が金利も上がるけど。見方変えれば回せば回すほど資源消費してるわけですよね。

 小野 そうですよね、環境にとってはマイナスですね。

 内藤 ところが、今の資本主義経済から見たら、とにかく回して捨てたら上がるわけですから。

 小野 そうですね、掘って埋めて掘って埋めたら上がるでしょうね。

 内藤 それで回ってる社会っていうのは、環境から見たら最悪の社会。

 小野 そうですよね、何のためのプラス成長なんでしょうね。



お金がなくても豊かに暮らせる道は

 坂井 この前、これもまだちゃんと計算出してないんですけど、さっきの幸福をどう量るかっていうことの、経済面なんですけど……
 今だったら、お金をたくさん稼がないと豊かになれないっていうのが、“当然のこと”として有りますよね。この4月に、明治学院大学の辻先生がタイの社会教育家のプラッチャーさんという方を連れてきたときに、そのプラチャーさんの弟さんという方がタイで5本の指に入る実業家だとかいうことで、ご一緒に見学されたんですが、
「ここの経済はどうやって成り立っているんだ?」、みたいなことを、どんどん質問されてきたんですね。
 その時に一応お答えしたのは、例えば現状の日本の社会だったら、500万稼がないと、こう豊かに暮らせないのが、ここだったらまあ200万ぐらいあったら同じような暮らしができてるかも知れないと。ここの経済担当してる若い人たちが、大雑把なんですけど、この前試算してみたらそんなような数字が出ていたので。

 内藤 ほんとうですか。それは興味深いですね。

 坂井 その要因なんですが、今の世の中は何でも“外部化”するじゃないですか。今まで、それこそ家の中でやっていたようなことは全部ね。介護にしても子育て・教育、飲食、家の中の修繕とか日用品の修理などなど。ひと昔前は、その家で食べるお米や野菜くらいは自前で作ってたり、数羽ニワトリ飼って卵は子どもが朝採りに行ってみたいな時代もありましたよね。まあ、そこまでいかなくても、水とかお茶とかの飲み物、今ペットボトルで普通に売られて飲まれてますけど、あれ出始めた頃って、ちょっと衝撃的でしたよね、「え~、水やお茶にお金使うの~?」って。
 外部化してお金かかって、お金かかるから稼ぎに行かなきゃいけなくて、みたいなことで世の中回ってますよね。
 まだ十分リサーチしてないですけど、経済の方も社会の仕組みや暮らし方次第で、お金が無くても豊かに暮らせるというような道があるんじゃないでしょうかね。
 無くてもって表現すると極端ですが、そんなにあくせく稼がなくてもね、同じ程度には豊かに暮らせると。その豊かさの感じる方のこともあるけど、実際の生活の方もコミュニティーの誰々さんが田畑やっててくれるから食べることには困らないとか、修繕修理は、外注しなくても得意な誰さんにやってもらえるから安心だとか、介護とかも付き添いなんかも、一軒の家族ならとても出来ないけど、コミュニティーのみんなで助け合い、庇い合ったら、楽にやれるなとかね、なんかそういうのも一つの指標になるかなって思うんです。ここでは実際、それでやれてることですから。

 内藤 その通りですよ。それ計算しないといけないですよね。

 小野 そうですよね。要するに人と人とが親しくなったらお金のやり取りしなくなる。逆に言ったらGDPはどんどん下がってくでしょうね。

 内藤 そういうことです、まさにそういうこと…

 小野 今日の例えば中井さんとこの夕食の分を、普通レストランへ行ったら一人3000円で7人だから21000円ですけど。それが、中井さんが畑から採ってきた野菜や、里山からの頂き物で、あとは佳子さんが腕を振るって揚げ立て出してくれて、あんな豊かな食卓を囲めるとか。
 河村さんという自動車担当の車屋さんがいるんですけど。僕はだいたいそこに車検から修理から全部やってもらってます。材料費は外部に出ますけど、あとは全部タダとかね。それは、コミュニティのメンバー分を合わせたら結構な額になってくるんですよね。

 内藤 それは昔の社会だったら互酬経済とか呼んでるものですね。だからマーケットにしてGDPを上げるか、互酬にしたらGDPが上がらないだけではなく税金も取れない。

 小野 そうですね、そういうことですね。



豊かさの価値を客観化出来ないか

 坂井 今、先生が話されてた昔の話、互酬経済ですか、それに関連するかと思うんですが… 今日その明治学院の辻先生のゼミにいて、今、大学を休学して、サイエンズアカデミーに学びに来ているタッキーってこに、ちょっと話を聞いてたら面白いこと言ってました。彼、そのゼミでフィリピンとか世界のあちこちに行ってるんです。
 そうすると、最初はその貧しい子たちの支援みたいなボランティアという形で行ったそうなんです。でも実際に現地に行ったら明らかに、フィリピンの子たちの方が…

 内藤 幸せそう、なんじゃないですか。

 坂井 そうなんですよ。それで彼の中で、“あれ?”っていう疑問が出てきたそうなんです。
 それで彼が面白いなと思ったのは、ちょうどあの「保育園落ちた、日本死ね」とかいうのありましたよね。国会でも、すごく野党が追及したり、日本の保育はどうなってるんだってマスコミも取り上げて、ちょうどその頃と重なってていろいろ見えてきたと。
 彼が行ったところは、貧しいフィリピンのスラム街みたいなとこで、保育園なんてものは勿論ないと。それじゃあ、子どもたちどうしているかと言ったら、中学生くらいの子が小さい子たちを何人も引き連れて、道端で遊んでいたり、いろんな家々行ったりして、気ままに暮らしていると。そして来られた方の家の人はと言うと、別に見たことない子どもでも、そのタッキーが連れ行くと、「なんか元気な子が来たね~」って迎えてくれて、子ども達はひとしきり家の中で遊んでいく、そんな空気なんだそうです。
 だから、「保育園落ちた、日本死ね」っていう、そういう心の状態と、お金は無くて貧しいんだけど、そうやって子ども達でお互い協力し合って、街の人からも見守られて生きていている状態と、まあどっちが幸せかな、みたいなことが心に残ったそうです。

 内藤 そりゃそうですよね。面白いなあ、現場で見えてくるんですね。
 ただ、そういう豊かさの価値が、GDPに対するものとして、世の中に出てこないですよね。だから逆にそんなものは全部GDPに換算するように、外食にし、保育園にしましょうとか、外に何でも回せば豊とか。そういうのが戦後の市場経済至上主義みたいなものでしょ。それでGDPが上がって豊かになったって政府が喜ぶ。
 本末転倒だけども、そうなっちゃうからね。お金に依らない本質的な豊かさね、こちらの方をね、客観化できるといいですけどね。

 小野 そうですね。そういう辺がね。これまでとは違う指標でね、何かね表せたら……

 内藤 やらないといけないですよ。もう実態があるんだから。

 小野 先日、先生が話されていた、引きこもりの人たちを支援して社会に戻し経済効果があったという例。福祉のコストは減るし、その人たちが社会復帰して働いた分稼いだ分を入れたらもっと経済効果になる。それは、ある一面でインパクトがあるというのと、その土俵じゃない何かもう一つの指標がね、何かあるといいんですけど。

 内藤 その子が幸せになったという、カネ目にならない価値こそが本来の目的ですが、福祉費用の削減という数字でしか測れないというのは、矛盾してますね。
 今そういう計算を始めているところです。
 例えば、福祉予算で250万つぎ込んでそれだけの成果だったら、もう十分元が取れてる、という説得性があるわけです。金の世界だけでも説得できないとね。
 それなかったら逆に、社会的弱者への予算は不効率ということで、切られますね。

 小野 そうしないと説得力が無い、課題として一つありますよね。その辺りが自分たちがここでやってる、「かなり豊かな感じ」とか、「自由自在に人とモノが行き交っている感じ」がすごくあるんですけど、表現のしようが無くて。

 内藤 そうですよね、前例ないですしね。

 小野 その辺がちょっとね、研究不足で表現できないなってすごい“もどかしさ”があるんですよ。

 つづく

出席者 内藤正明(京都大学名誉教授、滋賀県琵琶湖環境科学研究センターセンター長)
    真保俊幸(ScienZ研究所)
    小野雅司(ScienZ研究所)
    坂井和貴(ScienZ研究所)
    片山弘子(GEN-Japan代表)

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