オンラインイベント「アズワンセミナー」説明会

4/18(日)夜に、オンラインのアズワンセミナー説明会を開催しました。
「アズワンセミナーって、どんなことするの?」
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アズワンセミナーって聞いたことあるけど、具体的にどんなことするんだろう?
興味はあるけど、もう少し詳しく聞きたい。

そんな声が届いたことをきっかけに、初めて「アズワンセミナー」について紹介するイベントが開催されました。
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初めてアズワンネットワークに触れる方、アズワンセミナーに参加したことがある方も一緒に「アズワンセミナーって、どんなことするの?を知る機会になりました。

初めてアズワンネットワークのオンラインイベントに参加した方も「アズワンセミナーが、今の自分には必要だと感じました」と感想を話されていたのが印象的でした。

今後も定期的に開催していく予定です。

アズワンセミナー毎月開催
アズワンセミナー開催日程や詳細はこちらから
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アズワン鈴鹿コミュニティツアー 4/10~4/11 開催しました

4月10日(土)~11日(日)で、アズワン鈴鹿コミュニティツアーが開催されました。
上下や規則や命令のない会社「おふくろさん弁当」の見学
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街で農業を営む「SUZUKA FARM」で、活動する青年との交流
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「次の社会機構」の試み、お金が介在しない暮らしの仕組みを見学
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~参加者の声~
「脱資本主義を体現するコミュニティを自分の目で見て体感したいと思い参加しました。お金でなく信頼をベースにした社会活動を行うことで、精神的には物資社会よりも裕福に暮らせるのだと感じました。」(30代・会社経営)

「人を思いやる人たちが、一つの家庭ではなく、大きな家族として全体を助け合うという、共有する姿勢に驚きました。昔の世の中では普通に行われていた、長屋暮らしと同様な子どもはみんなで育てる、そんな社会なのだなと感じました。」

アズワン鈴鹿コミュニティツアー毎月開催
アズワン鈴鹿コミュニティツアーの詳細はこちらから
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ヒデさんが行く♪ 全国行脚プロジェクト inアズワン鈴鹿コミュニティ

ヒデさんが行く♪ 全国行脚プロジェクト
『僕らが変わればまちが変わり、まちが変われば世界が変わる』出版記念講演会

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ヒデさんが行く♪ 全国行脚プロジェクトの詳細はこちら

ヒデさんが行く♪ 全国行脚プロジェクト
『僕らが変わればまちが変わり、まちが変われば世界が変わる』の出版を記念し、著者でトランジション活動を日本に紹介し、神奈川県のトランジション藤野で活動する榎本英剛さん(ヒデさん)が、鈴鹿コミュニティで出版記念講演を行いました。
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ヒデさんこと榎本英剛さんが、鈴鹿コミュニティを訪れるのは7年ぶりとのこと。鈴鹿コミュニティの見学をしながら「若い人たちが育っている姿に感じるものがあります」と、7年ぶりの感想を話されました。


榎本さんは今後、2021年4月初旬から8月まで約5ヶ月をかけて全国を廻り、各地ですでにトランジション的な活動をされている人たちやこれからトランジション的な活動を始めようとしている人たちに向けて出張イベントを開催することを計画しています。
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日本の各地で、次の社会へ向けての胎動が、力強く動いていく息吹を感じた1泊2日でした。

トランジションJAPANの詳細はこちら
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【オンライン対談】本当に自由な社会とは? テキスト版 その3

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~サイエンズメソッドで見えてきた人間と社会の姿~

2020年10月25日に第1回、12月9日に第2回を開催して好評だったアズワンネットワークのオンライン対談は、2月11日に第3回「本当に自由な社会とは? 」
を開催しました。2月に動画を掲載しましたが、テキスト版ができましたので、下段に掲載します。

対談の文章は4回に分けて、毎週Webサイトにアップロードします。

第1回の対談動画はこちらから
第2回の対談動画はこちらから

 対談者は、元大手出版社の編集者で、個人の意識の覚醒と社会変革を求め続けて、一昨年アズワンに出会った三木卓さんと、アズワン初期からのメンバの一人でもある、サイエンズ研究所の小野雅司さんです。

~サイエンズメソッドで見えてきた人間と社会の姿~
今回の対談テキスト版 その2は、こちらから
↓テキスト版その2からつづく↓


三木
そういう頭で、考えで縛ってたものが、ただの考えでしかないっていうことに気付くと、元々の自由である自分を知って、そういう元々自然で自由であるということを知っている人同士で、人が本当にそれぞれの自由意志でお互いに対応し合うっていうか、呼応し合うっていう、そういうシンプルな自然な社になっていくということですね。


小野
そうですね。やらなきゃいけないとか,義務だ,責任だっていう中で動くんじゃなくて、ということになりますよね。ほんとうに何もしなくていいよとなったら,働かなくなるとか、みんな何もしなくなるとか、そういうことを言う人もいますけど,そんな感じは全然ないですね。やらなくてもいいとなったら,逆に、本当にやりたいことがいっぱい出てくるとか,さっきも言いましたけど,やりたい気持ちでやってくれる人の行為を受けるとすごくうれしいし,そういう行為を受けたら,何か自分もできることをしたくなるし。縛り合いは,縛り合いの連鎖を生む感じがするんですけど,やりたい気持ちで贈る気持ちとか,何かしてあげたい気持ちとかは,それが連鎖して,それがまたやりたい気持ちのエネルギーになっていくという、そういう喜びの連鎖になってくるんですね。このコミュニティに暮らしていると,そればかりという感じ。やらなければいけないことがないわけですから,動機は,もう自分が本当にやりたいとか,やってあげたいとか,そういう動機だけになっていくわけですからね。もちろんコミュニティもまだまだいろんな人もいますし,いろんな社会の影響も受けるし,育ってきた過程で,やらなきゃいけないってことがすごく強く入っている人もいますから,全員が全員、すべて解放されて,全員が完ぺきな自由な状態というわけではないですけどもね。でもそういう社会ができつつある中で,だんだん自由なベースができた分だけ,やらなきゃいけないという空気が減るし,また新しい人が来ますから,そういう人もそういう空気に触れながら,やらなきゃいけないということから解放されるというサイクルができてきました。社会が小さいながらもできてくると,やらなきゃいけないことが実際あるわけではなくて,本当にフィクションに過ぎないんだなってことを実感しやすくなります。初期の頃は,やらなきゃいけないのは人間の考えだと頭にあっても,時間までに届けなきゃあかんじゃないかとか,そんな感じのこともずっとあったりしたんですけどね。それが,研究したり,実際どうなのかと、研究と実践を重ねながら,徐々にそういう風な方向になってきました。20年経つとだいぶそっちの方向がはっきり見えてきている感じがしますね。


三木
そういうやらなきゃいけないみたいな人間の考えに縛られなくなるって感じなんですかね。我々は植え付けられていますからね。小さいことから,あれやれ,これやれ,こうすべきだってね。


小野
徹底してますからね。しつけとか教育とか,そういう名のもとに,当然のようにやらなければいけないとか,守らなければいけないとか,守らないといけないことを守らないと罰せられるとか,責められるとか。罰とか責められるなら,積極的に守ろうかってね。そういうの,自発的服従って表現がありますけれども,自発的に,やらなければいけないことに積極的に従ってしまう,運動部なんかやっていると,積極的に従っていこうと。そういうのができちゃうと,規則を守らせたい人たちにとってはすごく楽ですよね。いちいち守らせようとしなくても,その人たち自身が規則はあるものとして,お互いが規則を守らない人を責め合ったりしますからね。そういう中で,みんながそうなってくると,あたかも,やらなければいけないことがあるみたいな,そういう見え方に自分たちもなっちゃうんですよね。そこから解放されるのがすごく大きなテーマじゃないかな。


三木
そうですよね。そういう人間を縛っているフィクションから抜け出すというのが次の社会だと思うんですが,これまでは縛らないフィクションとか,新しくフィクションを変えようみたいな,それを人民の力とか武力で,次のフィクションはこれだということで,フィクション間の闘争があったと思うんですけど,そうじゃなくて,そのフィクションから一回離れようよと。なぜなら,それはフィクションに過ぎないんだからという。そこが知性を使うってことですよね。


小野
そうそう。そこから抜け出して,本当に縛らないでやれる,人間は生きていけるんじゃないか。これは理論で話しているよりは,実際に社会のモデルを創るほうが早いしわかりやすいと思うんです。鈴鹿のコミュニティも一つの試みですから,これが絶対に正しいということでは全然ないんですが,やらなければいけないことがなくても,人というのはこういう風に十分運営できる,会社だって,やらなければいけないが一切なくても,こうやって,一人一人の意思で運営できるんだってことがね,実際に証明出来たらこれは面白いな,そっちのほうがずっと楽だなってね,思うんです。実際にあって、それを見たら、そう思われる方がだんだん増えてくるんじゃないかなと思うんですよね。


三木
そういう意味で言うと,こういう話しよりも,百聞は一見にしかずで,アズワンに行って,人と人とが,縛るフィクションから自由になって作る人間関係の,ふわっと心にしみる安心感っていうか,ほっとした感じっていうか,そういうのを味わうとああいいなって言う風に感じでもらえるんじゃないかな。実際にできてきているっていうのが。


小野
人間は,縛られたりするのは不快だと思うんですよね。それがない。今だったら縛られているものから外れるとか,やらなければいけないことをやらないと,責められるとか,怒らるとか,罰せられるとか,そういう恐怖がすごく人の心理に影響していると思うんです。いつも人の目を気にしなきゃいけないとか,報酬をもらう場合も,いい評価を得るようにとかね。絶えず人からの評価とか,人から罰せられないようにとか,人からいい評価をもらえるようにとか,絶えずアンテナ張らなきゃいけないというのはすごくストレスな感じがしているんです。そういうのが一切ない環境。本当に,やってもいいし,やらなくてもいいし,だれも責めない環境。逆に,やりたくてやっているから,ほめる人もいないわけですけどね。笑。


三木
今,150-200人ってことで,そのくらいの規模であれば顔が見える関係で,大きなフィクションなしで,回していける規模なのかもしれないんですけど,アズワンも大きく広がっていこうという次のステップに進もうっていうことだと思うんですけども,その辺のところはどうですか。


小野
今言ってくれたみたいに,150人くらいだからこの試みは成り立つんだという意見もあるんですが,今の規模だったらそう見えるのかもしれないですけど,20年やってきてひな形ができてきているので,次の10年はもっと大きな規模でやれることを実験・実証していくことが大きなテーマだと思っています。また,それが鈴鹿以外の地域,世界に,どんどんできることで,コミュニティ同士が一つのつながりを持った、そういう社会と言えるような段階の実験に入っていく。そうやっていきたいし,それで本当に縛られない世界,一切,やらなければいけない,やってはいけないがない世界がこんなに簡単にできるんだ。そして、それは,人間として快適なんだという実証をしてみたいですね。もう少しわかりやすい形で実験して,見てもらえたらという願いはすごくあります。そういう空間が増えれば増えるほど,話だけじゃないんだなとか,やらなければいけないというのは人間の考えなんだと気づいていく人が増えてくると,そのへんを見直しやすくなっていくんじゃないかと,そういう希望もあります。


三木
そうですね。何もしなくてもいいというところから生まれる社会みたいな。


小野
そうです。そこです。何もしなくもいいんです。どの人も。


三木
してもいいけど,しなくてもいい,みたいな。


小野
そうそう。そういう,一切縛るものがない状態でこそ,何が本当はしたいのかが見えてきますよね。しなければいけない状態で、何したいと聞かれてもね。


三木
なかなか出てきませんよね。


小野
しなきゃいけないことやってから,したいこと考えるとかね(笑)。そういうことではなくて,いつでもしなければいけないことは一切ない。そういう中で,一人一人が本当は何を願っているのだろうという本心で生きていく。本心でやる行為というのは力強いというか,生き生きしているというか,心からの行為になってきますから,一人一人の持つエネルギーというか,すごいものが出てくる感じがしますね。


三木
そろそろ最後なんですけども,今みたいな話を普通に聞くと,何もしなくてもいいなんて,お前はそれでいいかもしれないけど,社会のほとんどはいま生きるか死ぬるかなんだみたいな感じが出てくる。また,現実と理想という,そこに戻ってくると思うんですけども、そこのブレイクスルーを起こすのが,理屈じゃなくて,こっちのほうがいいよねっていう,サイエンズメソッドで,自分の中でそういう風になっている自分を調べていくことで,本当に本来の自由を知っていくってことですかね。


小野
僕らも,「理想みたいなことを言って,今は現実問題解決しなかったらどうするんだ」ってことをよく言われるわけですけども,理想はそうだけど,現実はこうだろうということで,現実はやらなければいけないことがあるじゃないかとやる限り,やらなければいけない社会がどうしてもできてしまう。平和を求めて戦争するじゃないですけども,そういう,矛盾した状態がずっと続いていると思うんですよね。その矛盾を解決するっていうのが根本問題じゃないかということでやってきています。この試みで今すぐの問題がすぐに解決するわけではないですけども,一切矛盾のない,本当の自由,本当に自由な世界に立った社会ができてくるってことが,遠回りみたいだけど,本当の解決になるんじゃないかな。今の社会をよくしようとしている方々の努力も非常に大事だと僕も思っていますけども,それとは別なアプローチですね。本当に自由な社会というのができるということを僕らは違うアプローチでやらせてもらって,いつかこういうことが参考になっていくとか,矛盾を解決していく一つの大きなヒントになったらいいなと思っているんですけどもね。


三木
ちょうどいい時間になったと思います。今日もありがとうござました。


~その4につづく~
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アズワンネットワークニュースvol.55 4月号

春宵一刻 値千金。日増しに陽光が明るく輝き始めていますね、皆さんお元気ですか。
おぼろ月が菜の花の向こうから上り始める頃、春の香に誘われるように、満開の桜並木を親子でそぞろ歩きする姿が愉しげです。
今月のビデオは「コミュニティの子育て環境」(前編)と、Caiaさんの「アズワン鈴鹿コミュニティって、どんなところ?」の2本です。
アズワン・オンライン対談「自由な社会とは」のテキスト化の内容、そのほかGEN-Japanに招かれてヘレナ・ノーバーグ=ホッジさんたちと登壇した様子など紹介します。
こちらをご覧ください。⇒https://mailchi.mp/568685082403/news-vol55-hp

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4月のビデオ「子育て環境(前編)」~心と知性 真っ直ぐに~

アズワン鈴鹿コミュニティの新しいビデオが出来ました。
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↑動画は画像をクリックして見られます

前回からアズワンネットワークチャンネルで、アズワンスタイルの紹介をしています。

今回紹介するのは、鈴鹿コミュニティの子育ての様子
「子育て環境(前編)」~心と知性 真っ直ぐに~

「チェリッシュ・ストーリー① 始まりは7年前・・・」
鈴鹿コミュニティでは、2015年3人の子ども達で自主保育がスタートしました。一人ひとりを“大切に愛しみ育んでいきたい”という願いから、その場は『チェリッシュ(Cherish)』と名付けられました。
今は12人となった子ども達の場づくりに50人ものコミュニティメンバーが日夜関わっています。
ここまでのチェリッシュの歩みを、母でもありスタッフでもある純奈さん・さとみさんが、アカデミー生の春花ちゃんに語り始めました・・・
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「移行者のつどい」オンラインイベントに参加

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3月8日(月)、NPO法人トランジション・ジャパンの主催する「移行者のつどい」オンラインイベントに、ゲストスピーカーとしてアズワンネットワーク事務局の北川さんが招待されました。
自分たちの住む地域を持続可能へと活動しているトランジションタウンの仲間たちと、「持続可能な社会とは?」について、アズワン鈴鹿コミュニティの事例を紹介し、意見や感想を分かち合いました。
  
「持続可能な社会は持続可能な人間関係から生まれてくるのではないか」という観点から、日常の活動を見直したいという意見がでました。
やる事が先行してしまう日々を振り返り、人や自分の内面に重点を置いている鈴鹿の様子が参加者の心にも響き、イベント自体も穏やかで、参加者もそれぞれの内面に関心が向いているようでした。

そうした鈴鹿の取り組みのベースにあるものが、様々な活動をしている人たちの中に、ゆっくりと浸透、融合してきています。

いろいろな考え、手法はありますが、本来の人や社会というところにたって、改めて自分たちが何を願って活動しているのか、そんなことを確認しあえたように思います。
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【オンライン対談】本当に自由な社会とは? テキスト版 その2

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~サイエンズメソッドで見えてきた人間と社会の姿~

2020年10月25日に第1回、12月9日に第2回を開催して好評だったアズワンネットワークのオンライン対談は、2月11日に第3回「本当に自由な社会とは? 」
を開催しました。2月に動画を掲載しましたが、テキスト版ができましたので、下段に掲載します。

対談の文章は4回に分けて、毎週Webサイトにアップロードします。
今回は、その2回目になります。

第1回の対談動画はこちらから
第2回の対談動画はこちらから

 対談者は、元大手出版社の編集者で、個人の意識の覚醒と社会変革を求め続けて、一昨年アズワンに出会った三木卓さんと、アズワン初期からのメンバの一人でもある、サイエンズ研究所の小野雅司さんです。

~サイエンズメソッドで見えてきた人間と社会の姿~
今回の対談テキスト版 その1は、こちらから

↓テキスト版その1からつづく↓


三木
大いなる変換が起きたわけですね。


小野
サイエンズメソッドの1番に「人間の考えを知る」というのを先ほどもお話しましたけど、そこを知ると、現実は「やらなければいけない」と思ったりはするわけだけど、それは思っているだけに過ぎなくて、実際には「やらなければいけない」ことはないんじゃないかって気付けるようになる。そこが見えてくると、突然仕事に来なかったりした人に対しても、責める気持ちは無くなりますね。そこが見えてくると、もちろん「来ないんだったら来ないって連絡ほしいよ」とか、「この時は来て欲しいよ」とか、そういう気持ちはありますから、その気持ちを言ったりすることはできるわけですね。「そういうことをしてはいけないんだ」と、そういうところから見ると、怒りとか、責めるのが当然みたいな発想になってきます。が、そこが「やらなけらばいけない」ことはないとか、「やらなきゃならない」というのは考えにすぎないんだというと気づくと、事実を受け止めて、あとは自分がどうして欲しかったのかなとか、どうして欲しいという気持ちはもちろんあるから、気持ちを伝えたりして、やり取りはしますけど、責めたり、その人をやらせようとしたりすることは、だんだんなくなっていくんですね。そこからだんだん自由な社会というものが見えてくるということです。


三木
そこが本当に自由な社会への大きな一歩ですよね。


小野
そこはすごく大きいですね。だから現状では、「やらなきゃいけないことはあるだろ」「守らなきゃいけないことはあるだろ」ということを事実とするし、社会としても当然だという、そういう社会に対する観方をそのままにして、つまり、「やらなきゃいけないことはある」という前提の上に、「できるだけ自由にやろう」っていう発想ですよね。「しなければいけない」っていう不自由な状態を当然とするベースで、その中で自由に生きようってなっているのが普通の社会、今までの社会かなと思うんです。だけど、僕らは、本来は元々自由、縛るものとか「しなければいけない」「してはいけない」というのは人間の考えにすぎないので、それに気づいて取り除けたら、元々の自由な社会に立てるじゃないかっていう観方ですね。


三木
なるほどそうすると、何もキメつけるものはないんだとか、元々本当にすべきことも何もない、自由であるのに、人を縛る社会観というのは、一人一人の頭の中にあって、みんながほぼ同じような社会観を持って、日々お互いにその頭の中の社会観を強化しあってるわけですよね。それこそ「すべきだ」って頭で思っていることをしないで「やらないよ」って言うと、圧倒的に責められることが多いですよね。そうすると、慌ててやっぱりその社会観に同意しないと、責め続けられるわけですよね。そのあたりが本当に自由な社会に向かっていくにはすごく大事なところだと思いますが。


小野
そうですね。だから、たぶん瞑想とか、いろんなことを深く探究された方も含めて、そういう自由な境地を味わったり、自由な世界を見ている方も多分たくさんいると思います。ですが、三木さんがおっしゃってましたけど、そういう人が一人だったら、そういう人が自由にやっていると、それが気に入らない、それを責めたくなる人だらけの社会でしょうね。そういう中にいると非常に苦しいですね。苦しいというか、いくら自分が自由で、例えば「やらなければならない」ということは人間の考えにすぎないんだと気づいても、周りの人はそう思ってないですよね。「やらなきゃいけないことはあるだろう」って。そういう社会の中でいたら、その人は押しつぶされてしまうことも多いと思うんです。だからこそ、僕たちがやっているのは、鈴鹿コミュニティという形で、新しい自由な社会を創っているのです。もちろん僕らも鈴鹿という普通の街に住んでますから、一般の社会のいろんなルールとか税金も含めて、電気代払うとか、まあいろんな「しなきゃいけない」といわれていることはたくさん来たりするわけです。そういう影響はもちろん受けるから、完全に僕らの暮らしすべてが自由にやれているわけではないです。が、今だったら100人とか150人という規模で、そういうことを理解しあっている人の社会ができてきている。「やらなければいけない」っていうのは人間の考えにすぎない、実際にはやらなければいけないということはないんじゃないかっていうことが見えてきている、そういう100人、150人のコミュニティができてくると、その人たち同士の中では、それが普通になってきますよね。やらなければいけないっていうことはないねとか、何をしてもいい、何をしなくてもいいっていうのが普通になってしまう。僕たちのコミュニティでは、一応「こうしようか」っていうふうに社会でなっても、それをやるかやらないか、ほんとうに各自の自由意志に委されています。やらないからって責められたりとか非難されたりとかいうことは一切ないわけです。そういう社会が、まあ社会と言っても100人、150人って小さな単位ですけどね、そういう範囲ですが、現実にそうなっている。そういう人たちが増えてくると、実際にそういう社会で暮らしている感じになってきますね。だから一人でやってるのとは全然違う暮らしが実現してきますね。


三木
そうですね。今度はちょっと観方を代えて、今は個人の方から見てきたと思うんですけれども、今度は社会の方から見ていきたいと思います。
「社会を知るためのコース」の中で、僕自身、非常に痛感したんですけど、さっきでてきた自分が見ている「社会観」、こうしなくちゃいけない、ああしなくちゃいけない、これは守らなくちゃいけない、というような「社会観」をちょっと脇に置いて、今度は「実際の社会」、その人と人とのつながりっていいますか、そちらを見ていくと、社会生活というのは本当に大勢の人に支えられて、自分はほとんど何もしてないのに暮らせている「実際の社会」が、同時に「実は有る」ということを気づいていきますね。
「実際の社会」と、現状の「社会観」との食い違いがあるように思えて。
「実際の社会」を人間の考えで作ってる社会観で見るとゆがんで見えてる。
そういうところもあるんじゃないかなと。
そういう観点からすると「本当に自由な社会」とは、小野さんはどういうふうに考えられているのか、聴いてみたいなっていうふうに思ったんですけど。


小野
社会から見てみる、っていうのはどういう感じだろう。


三木
例えば今のこのzoomの会議も、みんなが「フィクション」を利用して成立しているわけですよね。色んな「フィクション」。時間は一番大きな抽象的なフィクションだと思うんですけど。そういう約束ごとといろんな人の力で成立しているっていう「実際の社会」があって、そこにはある意味不自由な社会っていう感じではないと思うんです。
だけど我々の一人ひとりの頭のなかでは不自由な社会に生きている感があると思うんですけど。


小野
そのことで言ったら、例えば、さっきも言いましたけど、自分も含めて今の社会で育っている人だったら、社会の中でいろんな役をしている人たちも、本当にその人がその人のやりたいとかやろうとしての意思でやってるって言うよりは、役割で社会ができているような錯覚で見ていると言いますかね・・・。
例えば医者だったら患者を見て当然だとか、役所の人だったらこうするべきだとか、先生だったらこうするものだとかね。
身近な例で言ったら夫婦でも、奥さんだったらこうだ、旦那だったら稼いでくるべきだ、親だったらこうするべきだとか。
社会の見え方が、全部、この役割の人はこうするべきだ、こうしなきゃいけないんだって。そういうふうに社会の役割を見ている。そんな見え方が当然となって世界を見ている・・・。
他にも、お金を払ってるから相手は当然サービスするはず、だとか。
だからそこには、実際には人がいて、その人の気持ちがあったり、その人が意思があったり、そういうことが見えにくくなっているのではないでしょうか。
当然そうする人だと見ていて、意思のある人がいるっていうふうにあんまり見えにくくなっていってね。
実際の社会が見えなかったり、見えにくくなったりしている場合もありますね。
だから「してくれてる」とか、その人は本当は気持ちがあってやってるんでしょうけど、そっちじゃなくて、役割でやってるとか、役割でやるのを当然としているから、その人がいるとか、その人の意志があるっていうのが見えにくくなっている。
そういうことはたくさんあるんじゃないかなってね、思うんです。
逆に、当然としていることをやってないと、「なんだあいつ医者のくせに」、「百姓の人なのに何やってんだ」、みたいに責めるほうがクローズアップされちゃってたりしますね。実際にはすごくいろんなことしてくれても、やってないところばかりにクローズアップするみたいな見え方になってしまう。
そんな見え方している場合もすごくあるんじゃないかなというふうに思うんです。


三木
話を実感レベルにおとすと、たぶん自由な社会というのは、やらせるとかやらせないではない、強制・束縛がない社会が、自由な社会っていうのが、みんな同意できるところかなって思います。
そして今まではそういう社会を獲得しようとしていた。強制・束縛のある社会だからこそ、強制・束縛のない社会にしよう、それを獲得しよう、っていう流れだったと思うんですけども、アズワンのやり方とかサイエンズメソッドのやり方って、それとは違う感じがするんですが、そのあたりから語ってもらっていいでしょうか。


小野
強制・束縛っていうのは、人間が考えた考えですから、そこをまた人間の考えで、強制・束縛をしてはいけないんだってやると、ややっこしくなりますね。束縛を強制してやめさせるとかね。
そういう風にまた人間の考えで人間の考えを変えさせようとしてしまう。
強制・束縛を強制・束縛で変えさせるサイクルになってしまう、みたいな。


三木
政治闘争みたいな感じですね。


小野
そこを、強制・束縛ってのは、人間の考えに過ぎないんだ、強制・束縛ってのは人間の考えだから元々はないんだ、って気付いていく。
そういうプロセスですよね。
そこに力も何もいらない。ただ人間が気づいていく。そして強制・束縛のない仕組みを作っていける。
強制・束縛がない社会は獲得するんじゃなくって、元に戻ったらいいだけ。そうしたら、こんなシンプルで簡単に社会ができるんだってことをね。
それはさっき言ったように、個人ではできないことで、何人かそこに気づいた人たちで、そういう社会を、強制・束縛のないモデルを作らないとなっていきませんね。こういう話をしても多分ほとんど理解されないですね。何か夢みたいなこと言ってるとか、理屈は分かるけれどどうやってやるんだって、よく言われますね。
多分わからない人には、何を言ってるんだろうと思われると思うんですけどね。
実際、僕たちって強制・束縛がない社会のモデルを今やってると、すごくシンプルなわけですよね。
だから強制・束縛がないって言ったら、人一人ひとりの意思で動くわけですから、やって欲しい、やってあげたい、やってほしくない、そういうことをやりとりする、そういうだけの非常にシンプルな社会ができてくるわけなんですよね。
もう一つ言うと、すごく邪魔してるのは、さっきの強制とか束縛がなかったら社会はどうなっちゃうんだという不安でしょうね。
みんな好きにやると、つまり、みんなが一人一人の意思でやると、ぐちゃぐちゃになるんじゃない?。みんなが嫌がる仕事はどうするんだ?
そういうことを思われる方が多分いると思います。
それくらい、強制とか束縛とかやらなければいけないことがないかぎり、世界が成り立たないという社会観がみんなの中に入っちゃってるんじゃないかなと、思うんです。


三木
そういう不安に対しはどうですか?そういう風に不安に思っている人に対しての小野さんから、アズワンの暮らしから伝えたいことは?


小野
それはね、もう夢みたいな、何、理想を言ってるんだって思う人がたくさんいると思うんです。
僕もね、学生時代、スポコン系できてますから、「そりゃあ、やらなければいけないことはあるだろう」と固く思ってましたから、その頃の自分だったら多分受け入れ難い、「何を言ってるんだろう?」みたいな感じだったと思います。でも、実際にこうやって、人間の考えに気づいて、やらなきゃいけないということは、人間の考えにしか過ぎない、実際には、やらなければいけないことは存在しないっていうことが見えてきたらね、非常に軽くなる。そうなると、一人一人の意思、意思と意思のやり取りしかなくなりますからね。誰かが上とか下とかもないわけですから、非常にシンプルですね。本当に人がやってくれているということも、さっきの話のように、当然としてたら見えなくなりますよね。例えばお金を払って何か宅配の人が持ってきてくれても、宅配の人が持ってきてくれてるって感覚がなくて、なんか荷物が届いたみたいな、そういう感覚になってる場合もあるんじゃないですかね。あぁ、こうやって宅配の人も本当に荷物を届けようとして届けてくれているんだっていうことが見えてくる。当然とするものがなくなったら、一人ひとりの行為が非常にクッキリと見えてくるし、色んなものが自分の目の前に届くとか、色んな事をしてくれるっていうのは、全て一人一人の意思で、やってもやらなくてもいい自由な世界の中でやってくれているという、そういう一人ひとりの意思とか気持ちがすごくにクッキリと見えてくる感じがするんですよね。それを感じると、自分もまた自分のできることで何かしてあげたい、自分のできることで何か社会に貢献したい、そういう気持ちが自然に湧いてくるんだと思います。何か社会の義務とか責任とかで人が動かされるんじゃなくて、一人一人が本当にやりたい気持ち、本当に人にしてあげたいという気持ちで、行為が起こってくる、そういう社会が見えてくる感じがするんです。


三木
強制とか束縛とか、そういう自分を縛る社会っていうのも全部自分の頭の中の考えにすぎないっていうことに、調べることで気づいたら、なんか、そういうものに縛られない元々の自然な自分を、それこそ知る。


小野
そうですね。
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辻信一&ソーヤー海&ヘレナ=ホッジ  最終回!コミュニティをつくって生き抜こう !に参加しました。

辻信一&ソーヤー海&ヘレナ=ホッジ  最終回!コミュニティをつくって生き抜こう !に参加しました。
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映画「しあわせの経済学」で有名な、世界のローカリゼーション活動をリードする、ヘレナ・ノーバーグ=ホッジさんを招いて開かれた、シリーズ最終回。

世界各地で活動する、皆さんが大集合。

その中で、アズワン鈴鹿コミュニティも、日本でのひとつの実践事例として紹介させてもらいました。

オーストラリアや、ベトナムからの参加者の方も「日本の鈴鹿コミュニティを訪れてみたい」と、これから各地の活動とも連携しながら、次の社会へ向けての潮流を一緒に生み出していきたいと感じました。
イベントの詳細・GEN JAPANの情報はこちらから
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「鈴鹿へ、そして世界へ」増田力也さん

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2021年1月、浜松から鈴鹿への移住と決めた増田力也さん

彼が何を感じ、何を想って鈴鹿コミュニティへ移り住んで来たのか。
本当に目指すもの、本当の願い

今の想いを、ブログに綴ってくれています。ご覧ください。

「鈴鹿へ、そして世界へ」
前編はこちらから
後編はこちらから
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