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コミュニティ歳時記9月号 【masterpiece】

毎朝、ブラジルから送られてくる絵を見ている。
ある日は人物画、またある日は風景画だったり、見たことも無い鳥や果物や樹々だったりと様々だが、色合いというか色調が、今までの彼の作品とは随分違う印象を受ける。
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以前、この歳時記でも紹介したコミュニティで日本画を描いている岩田さんは8月の半ばからブラジルに行っている。そして、毎日彼のブログにその日のスケッチを簡単なエピソード付きで載せてくれている。
南半球に位置するブラジルは、季節としては冬を迎えているが、岩田さんが滞在しているサンパウロ州では半袖姿の人も多く見受けられる。

6月の20日頃、どういう流れか失念してしまったが、一緒に何人かで食事をしている時に、
「岩田さん、ブラジル行って来たら?そこで見たものを、日本画で描いてみたらどうだろう?」
そんな話が持ち上がった。
鈴鹿コミュニティと少なからず縁のあるブラジルの大地や人を、今の岩田さんが描いたら何が生まれてくるだろう?
岩田さんによる“ブラジルを日本画で”をやってみようかと、あちらでもこちらでも話が進んで、コミュニティから送り出して行くことになった。
例年なら、秋の院展(日本美術院展覧会)への出展のために制作に没頭する期間だが、今年はブラジル行きに懸けてみようと岩田さんも思ったようだ。

“岩田さんと旅”というので、想い起されるのは何十年も前、東京でお互い知り合ったばかりの学生時代のこと。
彼はどこへ行くとも告げずに、僕等の前から忽然と姿を晦(くら)ましてしまったことがあった。
携帯やスマホなんて無い時代、あちこち心当たりは尋ねてみたが全くの行方知れず、当時は気を揉むことしか出来なかった。
2,3か月後、これまた突然帰ってきて、小さな居酒屋に皆んなで集まり話を聞いた。
関西の著名な画家に師事しようと直談判に行ったこと、その願い叶わず放浪していたことなど話してくれた。小学校の低学年からずっと白いキャンバスに向かい続け、芸大に進学し、これからどこに向かって行こうとするのか、その模索が始まった頃のことだと思う。
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ブラジルのアズワンコミュニティに到着した岩田さん

今回のブラジルへの旅も、健康面から心配する声もあった。
数年前ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病が進行中と診断された岩田さん、現在左手が思うようには動かせなくなり、絵筆を握る右手も動かせる時間や範囲が日に日に狭まってきている。首や肩の痛みも常態化してきた。治療のため、隔週で点滴を受けているが、渡航中は中断しなければならない。その岩田さんが、往路だけで24時間以上のフライトがある長旅に耐えられるだろうかと。
3年前、滋賀の大学病院に今後の治療や生活について、一緒に相談に行ったとき、
「とにかく、よく食べて、健康に暮らしましょう。今の段階で治療薬はありませんが、医学の進歩も凄まじいです。必ず薬は出来ますから、その時を待ちましょう。それまで少しでもALSの進行を遅らせるため、しっかり食べて前向きに生きましょう。」
と、専門の先生から力強く励まされた。
昨年来、各種メディアでボスチニブという白血病の治療薬がALSにも有効では?との報道がなされ、京都大学IPS細胞研究所で今年の4月からその第2治験が始まるとの情報を得て、直接連絡も取ったりしてみた。結果的に、治験の対象者には成れなかったが、専門の先生が語ってくれた“その時”が直ぐそこまで来ていることを実感させてくれた。

“その時”がいつになるのか、それは誰にも分からない。
でも、それまでの一日一日をどう過ごしていくのかがいつも問われているのだと思う。 
今の岩田さんが最も生かされていくには、どうあったらいいんだろう?
“岩田さんをブラジルへ”というみんなの願いや、“ブラジルを日本画で”という岩田さんの意欲も、そんな中から湧いてきたのではないだろうか。
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ブラジルの岩田さんから、SNSを通して毎日絵が届けられる。
まるで一緒に旅をしているかのよう


あなたにとっての一枚の絵、masterpiece・マスターピースは何ですか?
と問われた時、浮かんでくる絵は・・・
僕には、“これ”というのがある。
それは、ゴッホでもモネでもピカソでもなく、申し訳ないけど岩田さんの絵でもない。
その絵はたぶん、もうこの世には無いのだが。
子どもの頃、僕は松本城のお隣というくらい、とっても近くに暮らしていて、毎日天守閣を仰ぎ見ていた。ある日、家族で絵具と画用紙を持って、お城の写生に行ったことがある。
珍しく父も一緒に来て、僕や兄が描いているのをぼんやり眺めていた。
その終わりがけ、徐(おもむろ)に父が僕の絵筆を取って、真っ新な画用紙にササッと色を付け始めた。
下書きは一切なしで、迷いなくどんどん色が塗られていく、あっという間に“お城”がもう一つ出来てしまった。その見事さに僕は圧倒されて、見入ってしまっていた。
「さあ、もう帰るか~」
と涼しげな顔の父。自分の描き上げた絵をくしゃくしゃと丸めようとしている。
僕は慌てて、それを奪い取って、持ち帰った。
家に帰るなり、母に頼んだ。
「この絵を額縁に入れて、部屋に飾ってほしい」
と。
母は、
「あの人は親の跡を継いで、この店の商売をしているけど、そういうのが無かったら絵描きにでも成っていたかも知れないねえ。その方がずっと向いていると思う。」
と言いながら、絵を居間に掛けてくれた。
その日から、その“お城”が僕にとっての松本城になった。
それから、毎日その絵を見ては惚れ惚れしていた。
友達が遊びに来ると必ずその絵を見せて、父が描いたんだ、その時の父はこんな佇(たたず)まいだったんだと自慢していた。
大学に行って、実家を離れてから何年か経ったとき、その絵は片付けられ、なくなっていた。
おそらく父が生涯で、たった一つだけ描いた作品。
もう、僕の脳裏にしかない、その一枚の絵。
理由とかは自分でもさっぱり分からないが、
それが唯一無二のmasterpiece。
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絵とか、音楽とか、芸術と呼ばれるもの、なぜ人間は、昔からそういったものを創作し、鑑賞し、遺してきたのか、ちょっと大きなテーマで簡単にどうこうとは言えないが、絵や音楽だけが芸術というのも狭い感じがしてならない。人の暮らしから生まれてきているものは、家事や仕事であっても、実は凡て芸術なんじゃないか、そんな気もする。
静かに見渡してみると、社会のあちこちに、暮らしの隅々に、古今東西のあらゆる人が創作し、練り上げ、磨き上げた芸術作品が無数に横たわっている。その宝の山の上で、僕らは生きている。
岩田さんだけがコミュニティの芸術家ということでもないだろう。
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ブラジルの市場にて。岩田さんのスケッチ

お弁当屋さんの何某も、ファームで野菜作っている誰それも、子どもの成長見守っているメンバーも、毎日みんなのご飯用意してくれているお母さんたちも、草刈りしたり修繕したり住居環境を整えているシニア達も、繕い物や編み物してくれるおばあちゃんも、実はみんなコミュニティの芸術家なのかもしれない。
それぞれが、もっと弄(もてあそ)び的にその道を極めたらどうなっていくだろう?
その人だからこそ出せる味、その人にしか添えられない色に彩られて、凛と香るその人自身が、その暮らしそのものが芸術・masterpiece(傑作)になっていくかな。
たった今も、コミュニティという縁無(ふちなし)の壮大なキャンバスに日々刻々と未知なる絵が描かれている最中とも見えてくる。まぁ多少の描き損じや、色の塗り間違いはあっても、元々いつでもデリートして真っ新に出来る私であり・あなたであり・キャンバスだから、気楽なもの。
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スケッチに勤しむ岩田さん

そんな百花繚乱の芸術家たちの中で、岩田さんは絵を描くことを得意、専門とする一人の芸術家。
9月8日に帰国予定。
ブラジルで描き溜めたスケッチを、2か月かけて日本画にして、11月18日~27日に3年ぶりの個展を開催する。そこに何を表していけるか、何が現れてくるのか・・・乞うご期待。
Don’t miss it !
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ブラジルで岩田さんを受け入れてくれているミノワ夫妻と岩田さん
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