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コミュニティ歳時記 3月号

【北帰行】

「ばぁば、ばぁば」と呼ぶ声が響く。

鈴鹿カルチャーステーションの玄関で、夕食前の5時頃のこと。
呼んでいるのは夏輝(なつき)。数か月前から一人で歩けるようになって、言葉もたくさん出てくるようになった。その名の通り、産まれたのは夏真っ盛りの2020年7月。韓国から留学生として来ていたジンちゃんと、博也君との間に誕生した日韓のハーフだ。韓国名はパク・ハフィ、ジンちゃんを見たら「オンマー」とスタスタ駆けていく。
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呼ばれているのは千恵さん。血の繋がりのある祖母ではないが、この1年半、ずっと夏輝に付きっきりの“ばぁば”だ。もう夏輝と云えば千恵さんなのだ。
この時間帯、コミュニティ・ダイニングでは小さな子ども達とシニアの人たちが夕食を共にすることが多い。すると、夏輝は通りかかったり、出会ったりするシニアの一人ひとりを指差しては、「ばぁば、ばぁば」「じぃじ、じぃじ」と呼ぶ。
呼ばれた方も満更ではない。「はーい、夏輝!」「おー、夏輝!」と一日一日、その成長を肌で感じながら、食卓も賑わい、自然と食も進む。
もしかしたら夏輝の発する言葉の中で、圧倒的に「じぃじ、ばぁあ」が多いのではなかろうか。
そして、いったい夏輝の瞳には、千恵さんやシニア達、その周辺が、どんな風に映っているのだろうか?
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「韓国からお母さんが荷物送ったと連絡来たケド、まだ届いてナイ?」
フンミが鈴鹿カルチャーステーションのインフォメーションに来て、訊いてきた。

「まだ来てないなあ、届いたら連絡するよ」
「ウン、早く来ないカナ、早く来ないカナ・・・」

と、まるで小さな子どものように呟きながら帰っていく。
フンミに限らず、ここインフォメーションに郵便や荷物を届けてもらうようにしている人が多い。朝から晩までここは開いているから、時間指定しなくていいし、その時だけ家に帰って待っていなくていいし、とても快適なシステムだ。
届けられる自分たちだけでなく、届ける側にとっても“やさしいシステム”で、再配達の手配やその手間も省ける。このエリア担当の宅急便のお兄ちゃんなんかは、だんだん事情が分かってきているので、
「家に届けたけど○○さん居なかったので、こっちに持って来ました~」
なんて、ちゃっかり荷物を置いていくこともある。

さて、フンミである。

2,3日後に大きな段ボールが送られてきたので、連絡を入れるとスッ飛んできた。
「ワ~、来た~。来た~」
満足げに段ボールを紐解きながら、
「みなさ~ん、中を見たいデスカ~?」
と、ちょうどインフォメーションの職場の打ち合わせをしていた美映さん、奈々ちゃん、僕の3人に向かって満面の笑顔で言う。どうも見せたくて仕方がないようだ。
「見たい、見たい~」
と、美映さん、奈々ちゃんが応える。
「それじゃあ、見せてあげまショ~」
と得意げなフンミ。
「これが乾燥させた荏胡麻(エゴマ)の葉っぱでショ~、こっちはやっぱり乾燥させた大根の葉っぱでショ~、これはタオルで~、おっとこれは下着~ハハッ・・・・」
と次々、一つ一つ袋を開けて中身を見せながら、丁寧に説明していく。
「そんな物まで送ってくるんだ。母の愛だね~、それも母の愛だね~・・・」
美映さんは、何度もそう言いながら嬉しそうに見入っている。
ひとしきり4人での鑑賞会を堪能して、荷物をまとめて帰路に就こうとするフンミ。
「フンミ、それ20㎏以上あるよ。僕が車まで運ぼうか」
「いえ、ジェンジェン大丈夫。ワタシが運びます。」
なんだか、その重みを喜ぶようにフンミは段ボールを抱えて出て行った。
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ダイニングの隣にはコミュニティスペースJoyがある。
その一角に、毎日SUZUKAファームからの野菜が届けられる。
白菜、キャベツ、大根、小松菜といった冬野菜が届くようになってから、そのスペースが整然として一段と映えるな~と感じるようになった。

クリアな空気が、ファームから流れ込んできているかのようでもある。そのせいかどうか、みんなの食べる野菜の量が増えてきているねという声も聞かれた。
そんなある日、たまたま野菜が届けられる瞬間に出くわした。
届けてくれているのは、ファームの月岡さん。

野菜を一つ一つ、コンテナに並べていく。なにか一つの作品でも創り上げていくかのような、静かだが凛とした佇まいに魅せられてしまう。
驚いたのは、白菜もキャベツも大根も、もうそのまんま齧れるんじゃないかというくらいに、土を落とし、外葉などを取り除いて綺麗に仕上げてきていること。届くまでに随分と手間がかかっているのが見て取れる。

言ってみれば、ここはコミュニティの自家用スペースだから、スーパーなどで販売するような見た目のクウォリティは求められていない。
なのに、月岡さんはなぜ、そこまでして届けてくれるのだろう?
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故郷の幼友達がSNSに、安曇野の犀川に越冬のために来ているコハクチョウの写真や記事を時々載せてくれている。そしてちょうど今時季、彼らの北帰行(ほっきこう)が始まっている。

向かうのはシベリア。

そこで繁殖し、また初冬に増えた家族と共に安曇野に帰ってくる。
誰もがどこかで目にしたことがあるであろう渡り鳥たちのⅤ字飛行。
何千キロという大いなる旅路を、安全に快適に仲間たちと成し遂げていくための究極のスタイルだという。ちょうど北京オリンピックのスケート・パシュートで、後方の選手の空気抵抗が少なくなるとか、先頭の選手は時々交代して負担を減らすとか解説があったが、鳥たちはずっと昔から、そうしているみたいだ。

規則や当番制も無いのに、否(いな)、そういうものが無いからこそ、見事なⅤ字を編成し、毎瞬毎瞬、気流や空気抵抗、前方の羽ばたきに応じた動きをし、適切な交代をしながら、みんなで遥か彼方の目的地へと飛んでいく。近年、科学者たちは最新のテクノロジーを駆使して、その謎を解明しようとしているが、彼らの想像をはるかに超えた鳥たちの機能や関係性が続々発見されているとのこと。
『鳥たちは互いに、仲間の鳥がどこにいて何をしているのか本当によく理解しています。
何よりそのことに深く感心しました。』
と、或る科学者は語っていた。

それにしても、安曇野・松本と云ったら、雪はそれほどでもないが、高地であるが故、冬の冷え込みは極めて厳しい。そこに越冬のために来るコハクチョウ、シベリアの冬の寒さは如何ほどであろうか。そして、暖かい春の訪れを喜ぶ人間をよそに、そこをサラリと飛び立ち、遠くシベリアへと繁殖のための帰路につく群れ。

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極寒だからと言って、力尽くで領土を広げたり、戦闘に打って出なくても、行きたいところに出かけて行って、温かくその地でも受け入れられ、また時季が来たら惜しまれ見送られるなか、悠々と帰って行ったり、鳥みたいに人間も自由自在にやれないものだろうか。

私たちが、回帰したい場所はどこだろう?
鳥たちは本能でそこを知り、自らに備わる能力と仲間との結束で、帰るべき場所に帰って行く。
私たちが、回帰したい“心の住処(すみか)”はどこだろう?
どうやって、そこに帰って行くのだろうか?

2009年11月、今ダイニングやJoy、インフォメーションのある鈴鹿カルチャーステーションの構想を学者研究者の方々と描いたときに、初めて鈴鹿を訪れた京都大学名誉教授の内藤正明さんやドイツのハーン博士から、
「この辺りはホントに何の変哲もない街ですね。目立った文化遺産もないし、風光明媚というわけでもないし、洗練された街並みでもないしね。新しい魅力あるコミュニティ造るなら、もっといい場所があるでしょうに。」
という意見をもらったことを思い出す。

確かにな~、ここには人を惹きつけられるような物理的な魅力は殆ど無いし、なかなか造ることも出来ないなあとずっと思ってきた。
でも、誰もが帰って行きたくなる“心の住処”を、ここで創っていこうとしている今なのかなとも思う。

鳥たちがその本能で、当たり前のように飛び・輝き・奏でる美しい世界。
本能プラス知能まで備わっている人間だったら、もっともっと華麗に飛んで、
もっともっと優美な世界が奏でられるはず。
きっとそれが当たり前。
それも普通の人たちの結集で。

「なっ、夏輝!ハフィ!」
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