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コミュニティ歳時記11月号 【Brother~家族の風景から】

早朝、お弁当屋さんに向かって歩く。
毎週金曜日のこと。
行き始めた頃は、照りつける陽射しが眩しくて、サングラスなしには歩けなかった。

決まって、同じ辺りですれ違う初老のジョッガー。彼の出で立ちも、半袖ハーフパンツから長袖ロングパンツにいつの間にか変わり、今朝はその口元から白い息が漏れていた。
変わらないのは街の静けさ、まだ寝静まっている家も多く、鈴鹿サーキットに続くメイン道路もまるで開放区のようで、信号機を気にせずどこでも横断できる。
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10分ほどで、お弁当屋さんに着くと、厨房では調理のメンバーが所狭しと動いていて、既に盛り付け室のテーブルには、“今日のごちそう”がズラリと並んでいる。
「おはよう~、じゃあ最初にハンバーグにソースかけて準備して~」
とルシオから声がかかる。
三々五々、今日のメンバーが集まってくる。程なくして、
「さあ、そろそろ、お弁当の盛り付け始めましょうか~」
そんなルシオの声に促されて、盛り付けラインの前にみんなが勢揃いする。

かずきbrother 、
弁当屋シフトを 毎日 立てていますが、
盛り付け 週一回 かずさん どーでしょ。
時間は 6時半~9時、
入って欲しい

こんなメールがルシオから来たのは、9月が始まった頃のこと。
僕が、
「何曜日がいいとかある?」
と返すと、
「毎日来てくれてもいいよ、へへへ」
と戯(おど)けるルシオ。
結局やり取りして、金曜日に。それから毎週行っている。
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ルシオはミドルネーム、正式には箕輪ルシオ省吾、ブラジルで生まれ育った日系2世だ。
お父さんの保助さんは長野県佐久から、お母さんの美恵子さんは東京から1930年代にそれぞれブラジルに渡った移民で、サンパウロ州の日本人コミュニティで出逢った。
保助さんの美恵子さんを愛でる純粋さと一途さが実り、やがて結ばれたという。ルシオはその二人の五男坊。
僕はルシオと縁があって、30年以上の付き合いになるけど、会えるのはたまに彼がブラジルから来るときだけで、まあ仲の良い友人というような間柄だったと思う。
それが“brother”扱いに昇格?したのは、ここ1年のことが大きく関係している。

去年の秋口は、まだルシオも日本に滞在している感じで、コミュニティの中でも子ども達の送迎とかサポート的なことをしていた。僕の家替え、引っ越しなんかもずっと一緒にやってくれていた。
それが、暫く日本で、ここ鈴鹿コミュニティで腰を据えてやっていこうとなり、職場も弁当屋さんになった。毎日の段取りは勿論、アカデミー生や実習生たちのことも受け入れるようになって、どんなお弁当を作り届けていきたいのか、お弁当屋さんをどんな職場にしていきたいのか、そんなこともルシオの口から聞くことが多くなってきた。

職場以外でも、彼の持ち味を発揮する持ち場に就いたり、それに応じた各種のミーティング機会にも参加するようになった。
僕は、日本語がそれほど堪能ではないルシオの付き添いで、銀行や公的機関に行ったり、書類作りや各種手続きをやるようにもなった。

ちょうどルシオが弁当屋さんに行き始めたのと同じ頃、ルシオの奥さんの奈々ちゃんが、僕と同じHUB職場になり、毎日インフォメーションの業務を一緒にするようにもなった。
それに加えて、この歳時記でも何度か紹介しているコミュニティに5つある“ファミリー”のなかで、同じ“木1ファミリー”にもなったので、毎週ミーティングもするし、ダイニングの担当もするし、お互いのことを知る機会も増えてきた。
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奈々ちゃんが今年になって随分体調も回復して、久しぶりにサイエンズスクールの合宿コースに参加した時のことをファミリーミーティングで話してくれたのだが・・

数年前の或る出来事がキッカケで僕に対して、
「この人とだけは絶対に一緒に仕事をしたくない」と思ったそうで、それが何としたことか同じ職場になってしまったと。
「でも、実際その後は、毎日愛情注いでもらって、気心も知れてきて、今は“兄貴”みたいな存在になって来たんだけど、それは“兄貴”が前とは変わって来たのか、自分の気持ちが変化してきたのか・・・ただ、最初に大きく引っ掛かっていた時の自分の状態をホントに見ることが出来なかったら、ずっと同じこと繰り返す気がしたんだ。それでね・・・」

奈々ちゃんは、僕がどうこうではなく、その自分の実例で、自分の見方や捉え方を観察、探究してみて、気付いたり発見したことをファミリーメンバーに話したかったみたい。
僕は僕で、その時の出来事を振り返ると、ニッコリ負けられない、意識ばかり高い偉そうな心持ちだったから、もうお恥ずかしい限りで穴があったら入りたいくらい。
とは言え、今でも自覚なく時折そんな気配が頭をもたげることもあって、
でもそんな時、隣に居る奈々ちゃんが、
「“兄貴~”、偉そうに雲の上から人を見下してないで、早く地上に降りてこ~い。」
と即行、声を掛けてくれるのに救われている。

米寿を迎える母の祝いに出かける前の晩、25歳でお母さんを27歳でお父さんを亡くしている奈々ちゃんから。
「私の分まで親孝行して来てね」
という一言をもらったことで、両親と過ごす時間の趣が随分変わったりしたこともあった。

先週の日替わり弁当のメニューは、“若鶏のうま塩唐揚げ”。
いつものように、ルシオと宏冶君が、今日はこんな盛り付けにしたいと見本を念入りに作っていた。副菜の位置はここ、漬物の量はこれくらい、レタスはこの辺に置いて、その上に唐揚げを3つ“山”になるように綺麗に組み合わせるetc.
僕は、唐揚げの盛り付け担当。二人の描いてくれた線でやろうと手を動かしていく。
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全体で何百個か作るのだが、最初の数十個やってみたところで、副菜の位置を少し上にずらして、3つの唐揚げを“山というより川”のように並べた方が、羽根になった唐揚げの衣が活かせて美しいなと思って、ルシオに見てもらった。ルシオは、
「オレは、見本の方がいいと思う!」と。
僕は、そうか!と思って、また切り替えてやり始める。
でも、やっているうちに手は唐揚げをまた川のように並べ始めていて、もう一度ルシオに言ってみる。
「やっぱり、こっちでどうかな?」

そんなやり取りが二度、三度あったが、面白いのは、僕もルシオも特に主張しないというか、自分の意見を通そうという気などサラサラ無いこと。ただ思ったこと言って、聴き合っているだけ。そう云えば最終的に二人でこうしよう!とか決めたわけでもないなあ、僕が盛り付けた唐揚げをルシオが最後チェックしながらフタを閉めていっただけ。
ただ、僕の役を後から来たセリちゃんに引き継ぐ時、ルシオは、
「かずきさんのやっているように盛り付けて~。それが一番キレイだから・・・」
と伝えていて、へぇ~!と思ったり。兎に角、風通しがよくて、一緒に遊んでいるようだ。

夕食時、いつものように円卓を囲みながら
「あれ、おとうちゃん、また寝ちゃったかな~?」
と奈々ちゃんが壁時計を見上げる。朝の早いルシオは、この時間に一寝入りしていることが間々(まま)ある。
「オレ、電話してみようか?」
とDiegoが応える。
暫くして、照れ笑いしながら登場するルシオ。椅子に座るなり、夕食はそっちのけで、Diegoや博也君、拓也たちと弁当屋談義が始まる。ようやく食べ始めたと思ったら、今度はダイニングにやって来たアカデミー生たちが次々寄ってきて何やかやと言葉を交わす。そして食べ終わった後も、どっかりと皆が見渡せる円卓椅子に陣取って、スマホと睨めっこしながら翌日のお弁当屋さんのシフトを組んでいく。
「おとうちゃん、ダイニングに居てもお弁当屋さんのことばっかり・・・」
と嘆く奈々ちゃん、でもどこか嬉しそう。
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「はい、明日のシフト出来ました~」
と満足げにルシオが席を立つ頃には、あれだけ賑わっていたダイニングも人は疎(まば)ら。僕らもそれぞれ家路につく。

この歳時記を書き始めて、今回でちょうど1年になる。
その第一回が【家族の風景・・・そして家族以上の】というタイトルだった。
僕は、ルシオや奈々ちゃんのこと、brotherでありsisterであり、ホントの家族になってきているなと思う。助け合っているという意識はない、もうお互い他人ではない自分のことだから、ただ普通に一緒に生きて、暮らしている、そんな感じ。
そして、そうなってきた1年を振り返った時、自分たちだけの個人的な努力や思いでは、こんな風にはとても成れなかっただろうとも感じる。
鈴鹿コミュニティという小社会ではあるけど、経済面、生活面、人育ちの面、その他様々な機構やシステムに乗っかって揺られている内に、僕らは家族になってきた。

この社会に暮らしていなければ、奈々ちゃんは”絶対この人とは関わりたくない~”というまんまで、僕と”兄妹”に成ることも無かったかも知れない。ルシオと僕も親しい友達の域を越えられなかっただろう。
偶々、ルシオと奈々ちゃんとのことをピックアップしたが、それは特別なことではない。ここでは当たり前のこと。毎日至るところで家族の産声が上がり、家族の実質が育っていっている。
”誰もが本当の家族に成れる社会”なのかもしれない、ここは。
僕らはそんな社会に住んでいる。
良い家族ー良い会社ー良い社会
僕らを通して、それが実証されている今なのかなとも見えてくる。
明日への、次代への贈りもの。
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「かずきさん、時間です!」
とルシオに声を掛けられ、手を止める。
お弁当屋さんの勝手口を出ると、向かいのブラジル人学校から、子ども達の大きな声が響いてくる。思わず目を遣ると、その豊かなBody Languageについつい魅了されてしまう。
そして、よくルシオの口から語られる少年時代のこと、スケールが半端ないブラジルの大地のことが浮かんでくる。
左手のメイン道路は、勢いよく流れている車でいっぱいだ。
道に面したおふくろさん弁当の駐車場では、ずらっと並んだピンクの箱車に、今日のお弁当が積まれ始めた。
今から、一人ひとりの口元、心元に
僕らのお弁当が
届けられていく。
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