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日常化レッスンをやってみて。

仕事を終えて、いそいそとレッスンに通った。夜間高校生ではないが、おじさん、おばさんの日常化レッスン「定時制部」。仕事が経理から、トマトの収穫や選果、野菜の出荷に変わり、今までより仕事をする時間が長いし、体力も使う。腰や膝が痛かったり、夕食を食べると、そのまま眠ってしまうこともあった。申し込む時も参加しながらも、無理かな~?と頭で思う。
「頭の中で思うことは、実際とは異う」と書いて見ると、そんな当たり前のこと!と思うが、レッスンでは繰り返し、その事を実験したり、観察したり、実感したりしたように思う。
自覚なく「妄想、空想、過信、盲信」していることを、エクササイズで実験してみたり、どうなっているのかと自分の例や人の例で調べていく。毎回、『我が目を疑う!』ことばかり。そのことが興味深く面白く、愉快だった。
研修生コース、日常化レッスンと続けての参加だったためか、「仕事観」も以前とまったく違う。目的が「自分を観察すること」で、そのために仕事をしているというような感じで、今回は日常の何気ないことにも、目が行くようになった。
テーブルの上に使った食器があると、手を伸ばし流しに運び洗う。『?なんで、洗ってるの?』自分の思うことや行動に『なんで?』と興味が湧く。
もの心ついた頃から、動物や植物に興味があり、自然と目が行っていたように、そこに「自分の観察」が加わったようだ。『へえ~!こんなことなんでしているんだろう?』『なんでこう思うんだろう・・・?』『なぜ、こんなこと言うんだろう・・・?』自分自身のことなのに、不思議でならない。
昨日、<視覚からの情報は、スゴイ速さで処理され、反応が起こるので>と書いたが、どうも、自分が捉えていることを自覚出来ないと「スゴイ速さ」と感じるようだ。
自分の頭が「どのように捉えているか」が自覚できている時は、『こんな風に見たなァ~』『そのことで、今、こう思ったのか・・・。』と「スゴイ速さ」とは感じなくなっていた。今のところ、興味は尽きないようだ。
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