人生の転機① 吉田直美(アズワンNイーハトーブ)



「争いのない幸せな世界を!」と、アズワンネットワーク・イーハトーブで活動する吉田直美さん。20代の頃、ソロモン諸島を訪れ、人生の転機となる衝撃を受ける。人間らしい暮らしとは何だろう? そんな出会いから現在、岩手県盛岡市で、本心で生きられる暮らしを実現しようと活動しています。最近、「デジタル・デトックス」と称して仕事を休み“何もしない一週間”を過ごしたそうです。そこで振り返り思ったことをここに紹介します。吉田さんの活動の原点を垣間見る手記です。きっと共感するものがあるのでは?(編集:いわた)


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◆「何もしない一週間に思うこと」<1>
写真と文:吉田直美

ソロモン諸島の村人に衝撃
 
 人生に転機というものがあるとすれば,自分の場合,1995年に参加した青年海外協力隊での経験がそれにあたると思う。
 派遣されたところは,南太平洋に浮かぶ島,ソロモン諸島マライタ州フィユ村。約100世帯,人口約700人の比較的大きな村だった。その村に電気や電話はなく,水道も日本の援助で作られた簡易なものが,週に一回程度稼働する程度。村人にサラリーマンは一人だけで,村人はほぼ,貨幣経済の影響を受けることもなく,自給自足の暮らしをしていた。当然,テレビや車はなく,娯楽は,村でたまに行われるイベント。移動は主に自分の足と,たまにやってくるトラック。このトラックも,お金を支払わなければ乗ることができないので,めったに乗る機会はない。

 村人にとって,生きていくために必要なものは,自然の中から労せずに得ることができる。家だって,その辺にある木と草で誰でも作ることができて,どの木や,どの草をどのように使うかといった技術は,年配者から若輩者へ引き継がれている。よほどのことがない限り,食べ物に困ることもない。たまに,「異常気象」があって,しばらく食べ物がないこともある。そんな時は,普段は食べない緊急時の食べ物が自然の中にあることを村人は知っている。そして,村人によると,その「異常気象」は近年増えているという。


 村人の暮らしは極めてシンプルだ。一方,彼らは,電気や車,テレビのある暮らしがどんな風だかは,村でたまに観る映画や,首都にいる親類の暮らしぶりなどから知っている。しかし,そんな暮らしは,この村では望むべくもないとも思っている。ある時,村人に聞いてみた。「今の暮らしは幸せか?」と。すると何の迷いもなく,「幸せだ」,という答えが返ってきた。試しに,「テレビや車がなくても幸せか?」と問うたが,「幸せだ」,という。そして,逆に「食うに困らず,住むに困らず,家族がいて,あとほかに何がいる?」と問うてきた。



自殺の話を聞いたことがない

 青年海外協力隊員は,村人の生活向上を目的として派遣されている。この言葉を聞いたとき,いったい自分は何を目指して今ここにいるのかと動揺した。自分が目指そうとしていたものは,村人の暮らしの改善・向上と称し,日本のように,貨幣でなんでも欲しいものが手に入るような暮らしだったのではないか。果たして村人は,そんなものを望んでいるのか。。。活動の方向性が根底から揺らいだ。

 そういえば,この国では自殺の話しを聞いたことがなかった。ある日,村人にそのことを聞いてみると,「そもそも自殺する理由なんてない」,と言う。この国で自殺自体は,まったくないわけではないが,それはめったに起こらず,起こるとしても自殺する理由は一つしかないという。一方,日本では2011年まで年間3万人の人が自殺する事態が続いていた。今年発表された厚生労働省の自殺対策白書によれば,15~39歳の各年代の死因の第1位は「自殺」であるという。

 何がこの違いを生み出しているのか。この問いは,青年海外協力隊の活動を終えて,祖国に帰ってからも常に頭から離れなかった。概して言うならば,ソロモン諸島の村人は,人間らしい暮らしをしているのだと思う。一方,我が国では,一見,便利で快適な暮らしをしているようだが,常に何か,「不安」がつきまとうような不安定で,息苦しい生き方をしているようにも思える。そして自分は,日本に生きづらさを感じるときは,「いざとなったら,あの島に帰ればいいや」と思うようになり,それがこの国で生きていく上での自分のセーフティネットになっていた。

 そんな日々を過ごしながら十数年が過ぎ,長年勤めた職場を辞め,ソロモン諸島の村人のように身軽な生き方を模索していた時,東日本大震災が発生した。そしてそれは,もう一つの静かなる転機となったのだ。(つづく。。)

本心で生きられるカギがここにある!アズワン・ネットワークお話し会@盛岡
http://as-one.main.jp/sb/log/eid985.html
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