アズワンセミナーに参加して2日経ちました。 Mayukaさんのその後

アズワンセミナーの感想(2日後)

6泊7日で行ったアズワンセミナー。合宿みたいな雰囲気、子供の頃には水泳でよく行ってた記憶があるけど、大人になってからは瞑想とかヨガリトリートには行ったりしたものの、現在2歳8ヶ月の双子が来てからは初めての経験。
これだけ集中して本当、本質の自分そして人間のこと、世界中が幸せになるにはとか考えたことがなかった。

なんでこう思うんだろう?
なんでこうなってるんだろう?
幸せってなに?
人間の本質って?
所有って?責任って?権利って?
人は一人で生きられる?
人が幸せになれる社会って?
こんな素朴な問いかけを毎日10時間くらい自分で考え、みんなで考え、受け答えし合う。いろんな試行錯誤して話して聴いてアイデアを重ね合い、どんどん探究していく。

こんな場所あったんだ。本当すごいな、感謝の気持ちに溢れる。

セミナーではスイスの人、韓国の人、そして日本人がいて、4ヶ国語(ドイツ語、韓国語、日本語、英語)が飛び交っていた。その中で疑問の「言葉って何?」それぞれの思いや感情を自分に慣れて使いやすい言葉に変換して表現する。でもどの言葉でも表しにくい感情もある。日本語にある擬声語(ワクワクやムラムラ)は少なくともこの4ヶ国語のなかでは日本語だけに存在する。驚いたのはどんなに頻繁に擬声語を日々使っているかに気づいたこと。当たり前ことがそうで無くなっていく瞬間。

人は本当に一人で生きていけない。産まれてから死ぬまでの瞬間瞬間、どれだけの人、どれだけのモノ(人が作った)どれだけの天然循環の中で生きているのかに本当に気づいたのはこのセミナーで初めてかも。みんな(人間と人間以外の生物体、植物も)の繋がりを深く感じる。
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本当の幸せって?お金とか、モノとか体験とか、欲しいモノを手に入れてやりいたいことをできるだけが本当の幸せかな?じゃあ、それが可能でも幸せになれない人が多い世の中になってしまったのはなぜ?と言うかそのせいでどんどん不幸せな世の中になってきてるかも?
じゃあ、本当の幸せって?

やっぱり私は人と人との繋がりが一番大切だと感じた。それはお金には変えられないモノ。

今の社会、人と人との繋がりが浅くなって、こじれたり切れたりしていった結果なのでは?じゃあ、それをどうやって直していけるんだろう。

いつもひと回りして自分にたどり着く、そして戻ってくるような気がする。まずは自分の中は幸せ?平和?そうでなければそれはなぜ?どうしたらもっと自分にやさしくできるのかな?日々の気づき、トレーニングが始まる。

とにかくこういういろんな気づきをさせてくれたセミナーには感謝の気持ちに溢れる。実際それを日々の生活、仕事、人間関係などに取り入れて実現を探究していっているアズワンネットワークのコミュニティ。このコミュニティで実現可能ならそれを日本中そして世界中に粘菌活動(私が習った新しい好きな言葉)していける。自分もその一部、明るい未来、幸せな社会に貢献できるという希望が心底から湧いてきた💖
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アズワンセミナーに参加して shihoさんのその後

2月のアズワンセミナーに参加したshihoさん。セミナー受講後、地域へ帰ってからも、アズワンセミナーやサイエンズスクールに参加する前とは、大きな違いがあるようです。
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※1番左がshihoさん

とても気持ちがいい。
わたしの中が穏やか。
やさしい感じ。

2月にアズワンセミナー
5月に自分を知るためのコース
に参加して、その効果を実感している。

ふと、以前は、その場の空気を平和に保とうと、無意識にちょっと大げさにリアクションしてみたり、おちゃらけたりしてた自分がいたなぁ。。と思った。

場を和ませようと、とりあえず一回笑っとく?みたいに。
それは私が不安になってそうしていたのだと気づく。

今は、そんなことしなくても、たとえ空気が緊張するような場面に遭遇しても、私の中の穏やかな状態のまま、素の自分でいられる感じと、そうしてるだけで、緊張したエネルギーはすぐに溶けてなくなっていくのを感じる。

あ、私の反応の仕方が変わってるんだろうな、と実感する。

これは、私の中のこと。
それは、あなたの中のこと。
とわかっていて、
違っていてよいし、ありのままでよいと安心している。

呼吸が乱れない感じ。

そんな感じがそこはかとなく周りにも伝わるのか、表面的に意見が違ったり、問題じゃない?みたいな反応が周りに出ても、ん~どうかな?実際はどうかな?ちょっと一息つきながら、もう少し詳しく話きかせて♪となり、一緒に考えてみよう、と和んでいく場面がいくつかあった。

こころが疲れない対話の仕方、やさしい言葉の選び方が、以前よりもサラリとできるようになってきてるかな、と。
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私はこうなの、私はこう思うの、普通そうじゃない?!と自己弁護的に聞こえてしまう話を繰り返しされても、相手に悪感情を抱いたり、拒むことなく流していける感じもあった。

これ、すごいことだ!
楽だし、軽い。
根っこに安心感がある。
話をきけばきくほど、相手の状態への理解も深まるし、嫌じゃない。
話を引きずることもない。
なにより自分を知ることができる。

けど、やっぱり一番甘えている家族の中では、感情的に言葉を投げてしまうことや、子どもの話を聞いているようで、実は自分の考えや思いを押し付けようとしている私…いるなぁと。。。こんな母ちゃんでごめんよ、となること、多々あります。f(^^;


何をするか
より
どう在るか

Doing
より
Being

これ大事だなぁ。

あぁ、私は5月の『自分を知るためのコース』で、これを学ばせてもらったのだな、と思いました。

暮らしの中で、学びや気づきが染みていくのを実感できるのは、とても幸せ。

アズワンのセミナーやコースでご一緒したみんなのことを想うだけで、あったかい気持ちになる。有り難い。ありがたいです
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連載第8回【アズワンネットワークメンバーの近況】

連載第8回【アズワンネットワークメンバーの近況】

2021年11月号から連載が始まった【アズワンネットワークメンバーの近況】
各地で活動するネットワークメンバーの今に焦点を当てて、紹介していきたいと思います。今回はその第8回です。

第8回は、兵庫県神戸市在住の井上考史さん(いのじさん)です。

(紹介してほしい人や、サイエンズスクールのコースで、一緒だったあの人どうしてるかな? また私の近況をお知らせしたい!など、是非お寄せください。)

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初めまして。
神戸で和楽居(わらい)という ”街中エココミュニティ” をやってるいのじです。

アズワン鈴鹿コミュニティに通い始め6年目になります。
普段は、
賃貸物件(シェアハウス5軒・一戸建て賃貸9軒)の運営や、
地域のお祭り・イベント・話し合いの場作り、
トランジションタウン神戸の活動など携わっています。

最近の趣味は、畑・ギター弾き語り・自転車・海・食べ物探し+収穫かな。

僕の生い立ちをほんの少し。
4歳の頃に、両親が離婚をして、母の実家
神戸市垂水区 で生まれ育ちました。

母は、僕が生まれるよりずっと前、学生時代から
精神疾患 躁鬱 を患っていて、入退院を繰り返していたので、
僕自身はおばあちゃんに育ててもらいました。

大好きなお母さんが、
人のことを責めたり、落ち込んで寝たきりになったり、
気持ちの振れ幅が大きくって、
もっと一緒に過ごしたいのに、どんな風に接していいのか分からない。
好きやけど、 大切に想ってるねんけど。 怖い、、、

そんな複雑な思いを抱えつつ、
おばあちゃんからの愛情をシャワーのように浴びながら、
海辺の町、垂水で育ちました。

知らない世界に触れることが面白くって、
学生時代は、よくバックパッカーしてました。
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2007年、そんな僕に転機が訪れます。
おばあちゃんが脳梗塞で緊急入院、
お母さんの躁鬱は激しさを増すばかり。

二人の入院先、老人ホームが見つかり、僕自身の人生を考えるようになったのが
2008年、僕が26歳の時でした。

・二人の入院費、施設代はどうしよう?
・家の維持費もかかってくるぞ。

色々と思案する中、ぶっちゃけお金のために、実家でシェアハウスを始めました。
人と、空間やモノをシェアしながら暮らす事には抵抗もなく、
mixiというSNSや、ブログでシェアメイトを募集することからマイペースに始めました。

そんなこんなで、今年で14年目。

徐々に物件を増やし、今は、一軒家の賃貸物件を14軒をチームで運営しております。
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仕事は、DIY、募集、内覧案内、入居後のやりとりなど、多岐にわたります。
衣食住の”住”に関することを主として、

“街中で自給率高めな、自然と人とつながる心地よい暮らし”
“第2のふるさと目指してます”
“海の近くで、安心安全な自然素材(無垢のフローリングと漆喰壁)のおうち”

を提案しながら、地道にシェアハウスを中心とした仲間づくりを続けてきました。
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イベントは、
シェアハウスを集う場として、
・住人限定
・繋がりのある仲良しメンバー向け
・地域の通りがかりの人にまで開放されたもの

JRの駅前の広場で、行政・区役所の人と協力をしながら
・町ぐるみの音楽フェス + 手作りマルシェイベント

など、規模、場所、目的は様々。それぞれの運営メンバーで行っています。
ここ最近は、今暮らしてるメンバー & 部屋探し中の方限定のご飯会を
月に1度開催していて、その時間をすごく大切にしてるかな。
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全てが手探りで始まったシェアハウス運営。

住人みんなにとっての快適な暮らしとは?
・縛りつけない、でも家が荒れないように、どんなルールを作ったらいいんだろう?
・住人全員でルールを作ったのに、それをやらない人がいると、責め始める空気が生まれる。
・ルールは、快適な暮らしを模索する中で、役立っているのか?

答えのない問いを持ち続けました。

腹を割って話し合えるメンバーとは、
なんでも話せる安心感や、意見が分かれても大丈夫、という安心感は生まれるものの、
いつでも、誰とでも、腹を割った話し合いができる訳ではありませんでした。

気持ちをオープンに表してくれない人に対しては、どうしたらいいのか分からりません。
「何思ってるか言ってくれないと分からんよ! 話し合おうよ。」と責める気持ちが沸いたり、、、
それでもダメなら、諦める。

うーん、でも諦めきれない! だってしんどいし。
他のシェアメイトの暮らしやすさにも影響するし。

いーーーーっつも、
それこそ年中無休で四六時中、1年365日

●どうしたらいいかな?

って考えてました。

そして、2016年にアズワン鈴鹿コミュニティと出会います。

おふくろさん弁当には、ルールや、上司、決まった給料や、束縛するものが一切ない らしい。
「そんな会社、ありえるんかな?」

100名以上が暮らすコミュニティで、財布さえ一つにしている らしい。
「え? それヤバくない?!」

疑心暗鬼だった僕ですが、
実際に行ってみると、2泊3日の合宿で、まさに目からウロコ!

シェアハウス和楽居のブログ
その時の体験記、僕の中での変化はこちらの記事をどうぞ。


【持続可能な社会づくりカレッジ体験記 どうしたらいいかな?→どうしたいかな?】
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ここでしか学べない、味わえない、
そんな世界観があるぞ。

しかも、すでにかなり形作られている。
理想を語るだけじゃない。

すでに実現している姿
・お金のいらないお店 ; スペースJOY
・ルール、やらなければいけないこと が一切ない職場 : おふくろさん弁当 & 鈴鹿ファーム  
・大人からの圧力が一切ない共同保育の場 ; チェリッシュ & 学び舎

なんで、こんなこと実現するんやろ?

この学びの中から、
地元で活かせる最適な仕組み・方法 を考えだすためのヒントを得たい。

2017〜2018年の間は、鈴鹿からみっちーさんが2ヶ月に1回ペースで、
和楽居オーガニック(シェアハウスのメイン棟)に通い続けてくれて、
一緒に、お話会 & プチ探究会体験 などを企画してきました。
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そして、僕自身はサイエンズスクールに通い続けます。
そのうち、あることに気がつきます。

● 遠慮や気兼ねのある人間関係のままだと、
どんなに素晴らしい仕組み・やり方を取り入れても、
限界がある

ということに。

そして

● 自分にも、はっきりとした意思があったんだ。
どうしたらいいか? じゃなくって、
自分は、本当はどうしたいのかな。どうしたかったのかな。
相手は、本当はどうしたいのかな、どうしたかったのかな。

人の言動の背景にある【本当の気持ち】 に目が向くようになりました。

持続可能な社会づくりカレッジや、
サイエンズスクール、
アズワンネットワーク活動合宿 など、

鈴鹿に通い、学びを深めていく度に、

“どうやら、問題(という概念)は、
人それぞれの捉え方でしかない、 らしい”

“問題なんて、実際の世界には存在しない、 らしい”

“なんでも出し合い、聴き合える、親しさがベースにある社会ってどんなんやろう?”
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人生をかけて取り組みたいことが
具体的になっていく感じ。

知識として、理解はできても、
できるようになるか? 
というと、いやはやこれが簡単じゃない。

日々の暮らしの中で、
自分が世界をどう見ているか。
人のことをどう見ているか。

“人の気持ちをいっちばん大切にした社会の実現”

その目的に適っているかな?
声をかけ合える仲間が少しずつ増えてきてる。

社会の中で身についてきた自分の常識、思考パターンや社会通念etc

一人で、気付き、解放されていくのは
ブッダさんやキリストさん、オショーさんとか、
いわゆる天才・カリスマ的な人じゃないと無理でしょ。

俺みたいな凡人は、
仲間と一緒に気付き合っていく仕組みづくり、
誰でもやれるサイエンズメソッドが向いてるわ。
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神戸で地道に仲間作りを実践中。

アズワンセミナーで1週間の合宿を体験したメンバー限定で、
1〜2ヶ月に1度、ミーティングもやってます♪
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仲間になってくれる人、熱烈歓迎!

神戸シェアハウス和楽居、
いつでも遊びにきてね。

アズワンネットワークメンバー向けには、
短期宿泊や、割引もあるよー!

神戸シェアハウス「和楽居」インスタグラムはこちら

神戸シェアハウス「和楽居」の日常ブログはこちら
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三角エコビレッジ「サイハテ」 エコビレッジづくり研究会

アズワン鈴鹿コミュニティで暮らしている、増田力也と岸浪龍が、熊本県にあるエコビレッジ「サイハテ」へと行ってきました。

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昨年10月にアズワン鈴鹿コミュニティに、日本各地でエコビレッジ作りを展開するメンバーが集って行われた「エコビレッジづくり研究会」
エコビレッジ研究会の様子はこちらから

その研究会で、「メンバー同士がもっと横の繋がりで、交流して共に作っていこう」ということで、メンバーが各地のエコビレッジを回っての交流が始まりました。
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今回は、アズワン鈴鹿コミュニティで暮らしている、増田力也と岸浪龍が、熊本県にあるエコビレッジ「サイハテ」へと行ってきました。
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一緒に「エコビレッジ研究会」に参加した、サイハテを運営する工藤シンク君、坂井勇貴君と再会し、鈴鹿の二人は初めて「サイハテ」を見学しました。
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この熊本の地にエコビレッジを立ち上げて10年続けてきた二人と、「サイハテ」で暮らす仲間も合流して、コミュニティの現状や課題、目指す方向などをお互いに学びながら、夜更けまで交流しました。
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話しには聞いていたけれども、実際に行ってみて感じること、触れる空気感など、話しだけでは分からないこともたくさん感じた交流でした。
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連載第7回【アズワンネットワークメンバーの近況】

連載第7回【アズワンネットワークメンバーの近況】

2021年11月号から連載が始まった【アズワンネットワークメンバーの近況】
各地で活動するネットワークメンバーの今に焦点を当てて、紹介していきたいと思います。今回はその第7回です。

第7回は、大阪府交野市在住の古川晶子さんです。

(紹介してほしい人や、サイエンズスクールのコースで、一緒だったあの人どうしてるかな? また私の近況をお知らせしたい!など、是非お寄せください。)
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地元交野市で和綿(河内木綿)の布を織ることを始めてから13年目になる。
綿を畑で育てて糸を紡ぎ、草木で染め、織るという一連のことができるようになったのは七年たった頃。これはただの趣味ではなくライフワークなんだと思うようになった。
日常では目にすることはなくなった織物の風景。衣食住の成り立ちもわからなくなってしまった私たち40代以降の若い世代に必ず継いでいきたいと思っている。

2019年7月にツアー、8月にセミナーをうけ、2021年1月自分を知るためのコースで一緒だった稲垣さん。帰阪してから、友人にアズワンコミュニティの話を伝えようとパンフレットを開くたびに目にうつる。親戚のお兄ちゃんのような存在のいなちゃんの首に巻く手ぬぐいを織りたい。そして織りたいのは鈴鹿の土地で育った綿を紡いで織った布だった。2020年の3月に友達をつれて二度目のツアーに行ったとき「畑の隅に植えてほしい」といなちゃんに種を託した。その種は鈴鹿ファームのオクラの横に立派な畝を一筋たててもらって植えられた。
綿の芽
種を植える作業をチェリッシュの子供たちとともにやってくれたと聞いてとてもうれしかった。ワタの木が大きくなって夏に花をつけ、秋に実がみのり、はじけて綿があらわれる。その様子を子供たちも一緒に楽しんでくれたようだった。
綿の実
小さい人たちと一緒に、というのが私の理想のワタの育ちだったので、そんなことは一言もいなちゃんに言ってないのに自然とそうなっていたことに驚いた。
コロナ禍で思うように鈴鹿に行けない一年だったけど、時々ワタの様子の写真が送られてきて一緒に成長を喜ぶことができた。
2020年10月末にやっと畑を見に行くことができた時、子供たちと綿の様子をみてくれていたフンミちゃんが「糸にするのを教えて欲しいよ」と言ってくれた
紡いだ糸
畑公園の隅にゴザをひろげて青空のもとで小さな糸つむぎの会をした
綿の種を綿繰り機でとり、綿打ち弓でふわふわにしたあと、小さくまとめて篠にして、スピンドルで糸を紡ぐ。その工程一つ一つに目を輝かせて面白がってくれるフンミちゃんの姿がうれしくて、とても幸せな時間だった。
手ぬぐい
その時に持って帰ったその年の収穫綿で2メートル半の布を織った
手ぬぐいのサイズに切るとちょうど三枚になったので、いなちゃんとフンミちゃん、耕一君にと託す。最初は首にまいて欲しいと思って織った布だけど、いなちゃんは餅つきのときにはいつも姐さんかぶりしてその布をまとってくれている。とても満足。
稲ちゃん
2021年5月、再びフンミちゃんが子供たちと綿の種をまいてくれた。
今年は糸を紡いで布を織ってみるまで挑戦したいよといってくれて、想いの糸がつながっていることに喜ぶ。2021年もコロナはおさまらず気軽に交流できる状態ではなかったのだけど、9月には収穫の一報が入り、また小さく糸つむぎ会。私の愛用の自転車の車輪を利用した丈夫な糸車を紹介したら「欲しいなー」となり、写真、動画撮影、採寸してコミュニティの頼れるおじさま、本山さんに作ってもらいたいな、と言っていた。

2022年1月に社会を知るためのコースで一緒だった本山さんの口から「フンミちゃんに糸車作ってって言われてるんだけど細部がわからなくて」と聞いて2月に再度糸車をもって訪鈴。SCSのカフェで採寸する本山さんの姿が頼りがいありすぎてワクワク。コミュニティのなかの困りごとも頼まれごともこうやってみんなの頭と手をつかってひとつひとつ応えていってるんだなあ、と実感した場面。
3月には早速完成したよとお知らせをうけ、フンミちゃんの家で、できたてての糸車とご対面。残念ながらその日、本山さんはコース中で不在だったけれど、最後の調整をして試し引きしてみた糸車は本当になめらかでこまやかな気配りにあふれ、本山さんがみえるようだった。ただの「請負い」ではなく一緒に先のことを見てくれている人の仕事だなと思った
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とてもスムーズに糸が紡げることがわかって、フンミちゃんと喜びあった。
糸車での紡ぎ方をレクチャーしてる間、コミュニティの子供たちの育ちの環境のこともたくさん話してくれた。子供たちが本来の姿のままでまっすぐ育っていけるように、と整えられる人と場の環境。アズワンスタイルのコミュニティの親たちの願い。ずっと描き続けているもの、具体的に見せてもらった気がした。心の奥の方でわたしもそう願ってたけど、「できっこない」とあきらめ気味に思っていたことをずっとやってた人たち、ここにいたんだなあ、とまたしみじみ。
フンミちゃんはまっすぐ子供たちの先をみてる。
綿を育て、糸を紡ぎ、染め、織り、まとう
それだけの行為なんだけれど、その中には先人たちのメッセージがたくさん含まれている。
それを次の社会の元種となる子供たちへギフトしたい。わたしの願い。
子供たちへ伝えてくれる健やかな大人に今私が伝えられていることがうれしいなと思う。

次に鈴鹿に行くときは知美ちゃんにも伝える予定。フンミちゃんは知美ちゃんに紡いでほしいみたい。想いのバトンがまためぐる?こうやってみんなのアズワン糸ができるかな?
私のただの思いつきから始まった鈴鹿での糸つむぎの動き。
サイエンズスクールのコースに参加していただけでは知りえない実際のコミュニティのありように触れさせてもらえている。やってもやらなくてもいいけど、たのしいから。そうしたいから、で始まるはなし。大阪から通うわたしはこの先の展開がたのしみでしょうがない。
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連載第6回【アズワンネットワークメンバーの近況】

連載第6回【アズワンネットワークメンバーの近況】

2021年11月号から連載が始まった【アズワンネットワークメンバーの近況】
各地で活動するネットワークメンバーの今に焦点を当てて、紹介していきたいと思います。今回はその第6回です。

第6回は、広島県在住の松岡泰子さんです。

(紹介してほしい人や、サイエンズスクールのコースで、一緒だったあの人どうしてるかな? また私の近況をお知らせしたい!など、是非お寄せください。)

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こんにちは!
広島市在住の松岡泰子です。
鈴鹿では、やすみんとか、やすこさんとか、呼ばれてます。

2022年9月で52歳になりますが、これまでの経緯、記憶の寄せ集めを書いてみます。

広島市中区光南という海に近いところで、歯科医院を開業していた父と母のもとで生まれた。
2歳年上の兄と2歳年下の弟がいて、木登りが好きなお転婆でした。よく兄弟を追いかけまわして、猫のようにひっかいていた記憶がある。
父は感情の起伏が激しく、何事も思い通りにしたい亭主関白な人。
母は肝が座った、器の大きい人で、そんな父にも不平不満を言わず、何事もやり遂げる人だった。

父方が曾祖母の代からキリスト教(プロテスタント)だったためか、子どもはセブンスデーアドベンチスト教会の三育幼稚園・三育小学校に入った。
三育小学校は1学年約20人×1クラスの学校で、全校生徒合わせて120人くらいのこじんまりとした学校。
毎週土曜日は安息日で、1~6年生がミックスしたファミリーという6クラスに分かれて、讃美歌歌ったり、聖書を読んだり。
人数も少なかったので、学校ではのんびり過ごしていた印象。

父は教育熱心で、子どもに成績優秀を求めたので、家のサバイバルに勉強が必須だった。
小学4年生から塾に通って、ノートルダム清心中学校入学。
1クラス女子50人×4クラス、中学生600人、高校生600人、合計1200人という環境で、
全校生徒120人の小学校から来た私にはかなりのカルチャーショック。
いま考えれば子どものたわいもない遊びなのだけど、中1の時に松茸コロンという友達の嘘を信じてからかわれ、人間不信になった。
カソリックの学校で、服装等の校則も厳しく、勉強重視な雰囲気。
家庭でも勉強できることが最重要な雰囲気。
振り返ってみても、私が一番私らしくない時期だった。
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英語力を身に付けたかったので、本当は上智大学か東京外国語大学の英語学科に行きたいという希望があったのだけど、
親も先生も信頼してなかった、安心して本音を話したいという気持ちが起こらなかったので、
誰にも相談せず自分の中だけで考えて、周りの同級生が優秀だから希望校には行けないという思い込みの結論で、東京女子大学に推薦入学。

やあ、ここまで書いて、めっちゃ暗いわー!
もう少しお付き合いください!
全部書いてたら長くなりすぎるので、ポイント絞って書きます。

大学に入って、本当に行きたい大学に行ってないことでとても苦しくなった。
キャンパス内にあったカウンセリングルームに行き、自分の心情を話すということをして、自分の内側と向き合うことを始めた。
今思い返すと、この時に、もう絶対にやりたいことは諦めないと決めたのだと思う。

在学中ヨーロッパでバックパック旅行して、まち創りに興味を持ち、卒業後は北海道にある高野ランドスケーププランニングにアシスタントとして入ったけれど、やりたいことと違うなあと思い、帰郷。
自分のやりたいこと、仕事にしたいことが分からず、広島でとにかく興味あることをいろいろ経験。お茶、お華、フラワーアレンジメント、陶芸、ヨガ、日本語教師の勉強、アジア大会選手村でバイトなど等。

そうこうするうち、1995年春に父の脊髄癌が見つかり、手術。1996年2月他界するまで、母と毎日交代で病院に寝泊まりの生活。
病院に行ったら父にハグ。身の回りの世話、排便の手伝い、エドガケーシーのオイルで手術痕をマッサージ、朝起きたら一緒に上半身体操、下半身マッサージ、朝食終わったらハグして帰宅。
病気になるまでは、父はワンマンで怖くて近寄りがたく、そんなに仲良い父娘ではなかった。
私が病院で生まれて、母が父に女の子がだったと電話したら、父は男の子がよかったらしく、「女の子か」と言って残念そうだったと母から聞いたことがあり、
それ以来「私は生まれてこない方がよかったのかなあ」と思ったりした。
でも、父の命が短いと知り、後で後悔したくないので、父への愛情を私のできる精一杯で表現した。
おかげで、その11ヶ月は本当に密度の濃い時間だった。
ある時勇気を出して、父に「私のこと、好き?」と聞いた。父は「とってもとっても大好き」と答えた。
私はすごーく安心して、涙がいっぱい出た。
いつものように父とハグしてたある日、2人のエネルギーが円環になって溶けて一つになる体験をした。至福だった。

父はお金、地位、名誉、家族等、一般的に皆が欲しがる、人が羨むほぼ全てのものを持っていた。
でも、手術で車椅子になった自分を受け入れられず、身内以外の面会はシャットアウトした。
そんな父を見て、人にとっての本当の幸せは物質的なこと、表面的なことにはないことを学んだ。
そして、本当のこと、本物を知りたい!という強い欲求が起こって、そこから自己探求が始まる。

興味の向くまま、ボディワーク、代替療法、セラピー、瞑想、OSHO瞑想、カウンセリング、コーチング、NLP、催眠などを経験した。
そして、ありのままの自分を愛すること、自分に正直で透明なケーションをすることがゴールだった。
特に母と正直で透明なコミュニケーションをすることは、私にとって大きなテーマだった。
2001年、家族の反対のなかネパール人のOshoサニヤシンのVidurと結婚。8年間一緒に過ごした。
2008年エコビレッジのことを知って、木の花ファミリーやエコビレッジネットワークに関わった。
2015年アースデイでアズワンのブース訪問。持続可能な社会カレッジに参加。
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2016年アズワンセミナー、自分を知るためのコース、自分を見るためのコース、内観を受講。
2019年ガイアエデュケーション3期参加。7月にアズワンセミナー再受講。

2016年11月に母がすい臓がんの手術をすることになり、東京から実家に戻って母と暮らし始める。
その後、2018年6月腸閉塞、2018年11月右脳内出血。入院、リハビリを繰り返して、2019年3月~自宅で車椅子生活をしながらリハビリに通った。
私が中3の時に留学したかったのを母が反対したことがあり、当時の私は「母は私のことを理解できない人」とラベルを貼り、それ以来、自分の本当のところを母に話そうと思わなかった。

たぶん、理解されないから話すことを諦めたのだと思う。

私の今世のテーマは両親との間のワークだったので、母が病気になってようやく、そこにエネルギーを注力できるようになった。
母に本当の私を出すと、母は理解できない、反対するという経験が多かったので、母と話す時には遠慮があったけれど、
母に私の気持ちを伝える等しているうちに、徐々に母とのコミュニケーションが変化していった。

そして2021年には、まるでパートナーに話すように、母になんの遠慮なく、思ったまま、何でも話すようになった。
私は母に対してイライラしたり、怒ったりすることもあったけれど、その時は私の内面の状況を説明して謝った。
母は私が怒るのが怖いと言って、言いたいことも言えないと言ってた。
まあ、そんな風に、まだまだ母との関係性、コミュニケーションには伸びしろはあったけれど、私にとっては予想以上のところまで来たなあという感覚だった。

2021年12月母が急に呼吸困難になり救急車で入院。ICUと普通病棟を数回行き来して、1/6他界。
思いがけず、あっという間に逝ってしまった。
母と隔てのない間柄だったのか?と今思い返すと、私の中に「母はこういう人」という決めつけもあったけれど、母を一人の女性として見ることができるようになっていた。

そして、母を女性として尊敬していたし、彼女が大好きだった。
でも、母のすることにイライラしたり、怒ったりすることもあった。
ヘルパーさんも来てたし、家政婦さんもいたけれど、ほとんどの時間は私が母といてケアをしていたので、正直いっぱいいっぱいだった。
自分だけの時間をしっかり取ることを絶対的なタスクにしていれば、母にもっと優しくできただろうなと思う。
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2021年6月〜自分を見るためのコース+アズワン体験プログラム。自分を知るためのコース。内観+アズワン体験プログラム。
2021年12月広島在住の友人まやちゃん(24歳)とアズワンツアー参加。
2022年2月〜人生を知るためのコース受講+アズワン実習プログラム

「人生を知るためのコース」を受講して、私が人生ですることは「実際を生きる。本来の人間が育つ土台作りをする」というのが出てきた。
2021年、母が代表取締役をしていた不動産管理会社(大家業)を承継したのだけれど、その会社も本来の人間が育つ土台作りをすること、やさしい社会を創ることに貢献したい。

3月のアズワン実習プログラムを経て、小野さんと話したり、盛岡の吉田直美さんと話したりして、鈴鹿での今後の基盤作りやアズワンネットワークに関わるような動きになってる。

2月から自宅3階に友人カップル+赤ちゃんが試験的に暮らし始めた。
彼らは4月にアズワンツア―参加、6月にアズワンセミナーに参加予定で、サイエンズメソッドを共有できる予兆がある。

会社としては、本心を生きたい人、自分自身を生きたい人が集まる、オーガニック素材を使ったDIY賃貸発酵住宅プロジェクトを進めてる。
自宅をシェアハウスにする計画もある。
いろいろ進んでるけど、私にとって大切なのは、まずはアドバンストコースを全部受講すること。

そして、いつも事実・実際を観るという日常を過ごしたい。
とはいっても、広島でそれを1人で継続するのはなかなか困難なので、鈴鹿に通いながら進んでいきたいと思う。
鈴鹿のみなさん、これからもどうぞよろしくお願いいたします♪
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大阪府枚方市にて【アズワン枚方ミーティング】を開催

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今日は枚方にてアズワン枚方ミーティングを開催しました。京都(滋賀)でいつもやってたメンバーに声をかけ、枚方の新しい場所にての初開催です。
昨日神戸で輪読会をしたけど、今日もやってみるかとなって、輪読スタイルで。

「動物は行動を遮ったり、強いられると抵抗したり逃避するのは当たり前だけど、なぜ現状、人間はその逃げたり抵抗したりすることを「間違いだ」として、責めたりするのだろう?

現に抵抗・逃避する心が表れてるのにね(笑)。」
「なぜ縛り合う、義務や責任を良いこと、大事なこととするんだろう?自分もガンバってるんだから、お前もガンバレ。ってなるとか?そう思わないと、やってられない感じとかあるんかな。」

と自分たち人間が不思議だなって話で盛り上がりました。
それぞれの事例を聞き、自らをまた省み、それをまた出し、聞いてもらい、変だな~って笑い合う。

とても「当たり前」のことが当たり前に行われる時間でもあります。
探究会後には、事前の連絡した時に、やろうとなったので、皆でバーベキュー。
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こういう気の合う仲間でただただ楽しむ会ってのもいいですね。
次回は4月の後半くらいを予定しています。(倭翔輝)
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【アズワン神戸 輪読会】

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今日は定期的なアズワン神戸ミーティングの予定でしたが、今回鈴鹿からだれも来れないってなったので、神戸ミーティングの運営スタッフで色々検討し、「輪読会」ならまだ自分たちでもやれるんじゃないかとなり、やってみることにしました。

午前中は近況を出し合い、ご飯を共にし、午後からはNo.3の「やさしい社会2」の最初の方を輪読。
この一年間、神戸ミーティングを重ねた甲斐があったからか、場が最初から安心した状態があり、すごく充実した時間となりました。

数年前、まだサイエンズのコースに進んだばかりのメンバーで、探究会(もどき?)をやってた時期もあったんですが、それとは全然違う感じ。
「やりたい。ではやれない。」を痛感したのがあの頃でした。
それぞれがコースに行き深まったからなのか、神戸の仲間への安心からなのか、ミーティングを積んできたことでの深まりなのか、正直よくわからないけど、満たされる感じ、何を言っても大丈夫な感じが全然違いました。(ちゃんと言語化がまだできませんがww)

運営スタッフでのミーティングをしたのも大きかったです。
輪読会をしようとなるまでの過程。何を大事にしたいか、どういう場所にしたいか、「これならできそうだ」と思うものは何か。
「近しく、親しくなっていく」とはどういうことだろう、とも話し合ったかな。

1歩1歩着実に進んできた感じ。

やってみて、どうやら「やれそうだ」ともなったかな。
また第二回もやろうとなったし(いいところで終わっちゃったのもあって。)、京都や他の場でもやっていきたいな~。

(月一より少ないくらいでだけど、)一年かけてやってきて、本当よかったです。
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連載第五回【アズワンネットワークメンバーの近況】

2021年11月号から連載が始まった【アズワンネットワークメンバーの近況】
各地で活動するネットワークメンバーの今に焦点を当てて、紹介していきたいと思います。今回はその第五回です。

紹介してほしい人や、サイエンズスクールのコースで、一緒だったあの人どうしてるかな? また私の近況をお知らせしたい!など、是非お寄せください。

第五回は、岡山県在住の日野進一郎さんです。
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自己紹介 日野進一郎(日進)       
 昭和23年(1948年)北九州市八幡で産まれる。長崎の原爆が予定通り八幡に投下されていたら、今の私は無い。厚い雲が八幡も母も守ってくれました。

商人の町「博多」で幼少期を、侍の町「福岡」で小学校から大学までを過ごし、小学校時代は自然環境の中で遊びまわっていました。夏休み、熊本の玉名という有明海に面した親戚の農家での体験は私の原風景となっています。

中学校は米国南部バプテスト教会の西南学院で部活は卓球。九州場所の花籠部屋の力士と一緒に寒風の中、元寇防塁のある海岸線を走っていました。印象深い先輩に中村哲さんがいます。ニキビいっぱいの顔、ギョロリとした眼に、何か魅せられ、訃報に接して止めどなく涙が溢れてきました。

 九州芸術工科大学(現、九州大学)芸術工学部環境設計学科。バウハウスを引き継ぎ、芸術と工学の融合を図り、この大学が設立され一期生として入学。ルイス・カーンの所で学び、帰国したばかりの香山壽夫さんが最初の恩師です。キャンパスの計画から建設を通して多くの学びを齎していただきました。香山先生の紹介で、磯崎新アトリエでの模型作りアルバイトは3年間続き、授業より遥かに楽しい実務体験でした。大学院設立前で、専攻科・都市計画を一年間履修し卒業。

磯崎新アトリエで知り合った澤良雄さん(第二の恩師)と兵庫県伊丹市に設計事務所アトリエ・サワを設立。伊丹市の小学校コンペ(競技設計)で評価され、次々に市立体育館・武道館、共同利用施設など多くの設計に関わりました。中でも坂倉建築研究所との共同設計でプールや緑道公園などに携ることができたのは幸運でした。当時、坂倉建築研究所の最高顧問だった西澤文隆さん(第三の恩師)には最も影響を受けました。飄飄とした風貌で、すべてを鋭く深く見抜く眼力に、度々驚かされた覚えがあります。京都・奈良の名建築を実測し、創り手の想いを観つめる姿勢は、建築設計に限らず、創造する者の基本かも知れません。西澤さんに監修いただき、建築誌にまとめられた伊丹市迎賓館「鴻臚館」は、書院・数寄屋・茶室という和の建築の貴重な体験でした。「鴻臚館」の完成の前に独立したのが35歳の春です。
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岡山県総社市に日野環境デザイン研究所を設立したのは昭和58年(1983年)。妻の里でもあり、古代吉備の風格を感じさせるところです。以来、住宅・事務所・工場・倉庫・店舗・幼稚園・学校・神社・仏閣・チャペル・ビオトープ公園・地域計画など、様々な計画に関わらせていただきました。
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40代に入った平成元年(1989年)頃、岡山地域づくり交流会を仲間と共に立ち上げ、岡山三大河川流域交流ネットワークで地域活性化を目指し、活動を始めました。最盛期は800名ほどの交流メンバーがいましたが、10年ほどの間に各地域ごとに縮小し、今は、ほとんど消滅状態です。

平成11年(1999年)に高速道路内での自損事故で、あ~死ぬんだ!と思う間もなく気を失い、気付いた時は病院の手術室。結局、頭部を50針ほど縫う怪我で、後遺症もなく、一週間ほどの入院で済みました。

この後、ネットワーク『地球村』に出会ったのです。2002年のヨハネスブルグ地球サミットへの参加、全国・中四国の講演会やワークショップ、『地球村』出版の活動等、二万人を超える会員を擁し、最も勢いがあった時期です。が、10年程後に、大きな落とし穴に落ち込み、一気に勢いを失います。

『地球村』と距離を置き始め、平成30年(2018年)にAsOneに出会いました。2019年のガイア3期を経、2020年にはコースを一巡し、2021年正月にはセミナーのスタッフを体験させてもらいました。ここ3年間で、鈴鹿コミュニティー+サイエンズ研究所+スクールの繋がりや、心の奥から湧いてくる思いや動きが観えるようになってきたかな? ガイアの時には、なんとなく感じていた希望や可能性が、一段と高まっていることを実感しています。コミュニテイーハウスの計画にも参画させてもらい、これまでに無い心地よさと、やりがいと、楽しさを味わっています。

アズワン岡山でも、鈴鹿を始め全国の繋がりの中で、一緒に楽しく成長していけるように、ミィーティング・輪読・場づくりなどを重ねていきます。岡山には、アズワン岡山だけでなく、ガイア二期の木林京子さんたちの「共感コミュニティ」、カイルさんたちのパーマカルチャー上籾、タイで村を創った体験を持つトロンさんや大地の再生が手掛けている「月の村」、セラピストの交流コミュニティなどの繋がりがあり、まだまだ粗削りではあるけれども、一緒に育っていきたいと思っています。
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【本当に願ってること”を見出すために】 アズワン京都ミーティング

1月30日に京都(大津)ミーティングに参加した池田麻矢さんの感想レポートを紹介します。

1月京都ミーティング

最近心や気持ちが重くなったこと

 久々に参加したアズワンミーティング。いつもなら胸の奥にしまいこんでるような本音を自己探究のためにぶっちゃけ話して聞いてもらえる場だった。 
 
 個性の違いでどんなところに”こだわり”を生じやすいかは人それぞれ違っても、根底で願ってることは近い気がした。 誰かさんのことを大切にしたい。自分のことも大切にしたい。同時に満たす術を知らなくて拮抗しちゃって、もどかしいとか腹立たしいとか。

・・・・

 つい、他の人にはどんな風に聞こえてる?を気にする私がいるけど、誰かを責めたり傷つけることが目的じゃないから、自分がそのことを受けとっていればいいのか。  

 誰にも気兼ねしたり躊躇したりすることなく、自分が感じてることをそのまま出してなぜそう感じたのか、なぜそうしたのかを吐き出していくと「純粋な願い」がじっくりと浮き上がって見えてくる。そのことがみんなの話の輪の中で感じられた。

 ”本当に願ってること”を見出すために、それを見えなくさせていた後付けの癖や思い込み。気づいたハナから話して手放してくことでそれが浮き上がって来れるのだ。そのための探究だってこと教えてくれた会だった。

 そのままでいることの深い喜びを呼び覚ましてくれた集いの最後は、誰かがとりまとめようとすることもなく、感じたまま開きっぱなしの ”お開き” が心地よく感じられた。
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