【争いも対立もない誰もが本心から生きられる社会は、案外かんたんにできるのかもしれない】11月アズワンセミナー

【争いも対立もない誰もが本心から生きられる社会は、案外かんたんにできるのかもしれない】

11月のアズワンセミナーは、参加者全員が20代30代の若い世代が参加したセミナーでした。
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参加者の感想から、どんなセミナーだったのか、紹介します。


【参加者の感想レポートより】
アズワンセミナーの目標に、「どんなときも悪感情や対立感情がなく、誰とでも話し合える人となり」とある。
いや、そんなことできないよ。
「世界はもともと、囲い・隔てのない、すべてはひとつという見方を検討し」…
めっちゃ分断されてるんですけど。
これが初日の感想。
でも、今はそれが絵空事じゃないと思っている。
もっといえば、わたしにもできるし、誰にでもできそうだ。

たぶん、本来の人間ってものすごくシンプル。
何かをしてほしいとか、してあげたいとか。
たとえば、おかあさんが子供にするように。
でもいつからか、素直にしてほしいことを言えなくなった。
こんなことを言ったら嫌われるかもしれない。仲間外れにされるかも。報酬やお返しを渡すことができないし。だってこの前あの人にこう言われて傷ついたから、また言われるかも。
こんな風に自分で事前に考えて、どうにかするのがおとなへの一歩だと思っていたが、なんでこんなに難しくしてるのか?
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争いも対立もない誰もが本心から生きられる社会は、案外かんたんにできるのかもしれない。
いろんなものをはずして、安心できる間柄の中で見えてくる、「したいこと」「してあげたいこと」「してほしいこと」。
今の自分や相手や、資本主義社会や環境問題や消えていく文化をどうにかしなくてもいい。
目の前のあなたがもっと輝いてほしい。
人と人が生かしあって、みんなが幸せに暮らしてほしい。
それがどんな景色かわからないけれど、わたしはみんなと創ってみたい。(20代女性)

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「本当はどうだろう」は、まるで天に向かって伸びる木の枝葉のようにあらゆる可能性。アズワンセミナーに参加してみて

11月のアズワンセミナーに参加した城所壮汰さん。
今回参加した感想をシェアしてくれました。
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僕らはこの世界をどのように捉えているのだろうか?
おそらく日常生活において、「私の耳の聞こえ方や私の目の見え方はどうなっているのだろうか」などと真剣に考える人はほとんどいないのではないかと思う。そんなこと考えてないで勉強しろとか、働けと言われるのがオチかもしれない。

実際、人間の目も耳もたいして当てにならないのだが、聞き違いや見間違いはまるで起こっていないように人は振る舞う。
知識で人間について知ることは出来ても、自分のことはまるで知らない。自分のことを知らないと、世界についてもありとあらゆる知識を蓄えたとしても世界のそのものをあまりに容易に捉え損なってしまう。そんなことをアズワンセミナーを通じて気がつかされた。

僕はけっこう自分は飽き性だと思っていた。次々といいなと思うアイデアが浮かぶからか、どんどん次にいきたくなって、計画は立ててもすぐ破綻しがちで、プロジェクトぽいのはだいたい終わりに辿り着かない。その様子を自分でも他人からも飽きっぽいねと言われそうだと思いこんでいた。

調べてみるとどうやらそうでもない。それは僕の性格というよりも、言い出しっぺがやらないといけない、一度始めたことは最後までやり通さないといけない、責任が負える範囲で物事すべき、責任者がより重い責任を負うべきなどなど、それらが今の社会で醸成された価値観であることが見えてきた。

そして、僕はそれらをなぜ前提にしたのか、いつから採用しているのか、それらの価値観は人の役にたってるかなどなど考えてみると、僕が飽き性なのかどうかは途端にぼやけてくることがわかった。僕自身の別の側面によくよく注意を向けると、毎日飽きもせず歯を磨くし、ご飯も食べるし、飽きもせずこんな文章を書いている。正反対の凝り性とも思えてくる。不思議だ。

僕らは見たいように見て、聞きたいように聞き、感じたいように世界を感じる癖があり、なぜかその見え方、聞こえ方、感じ方が世界そのものだと思い込んでしまう。

あるとき誰かに言われたり、あるときテレビや道端、家庭で見たり、感じたりしたことがどういうわけか自分の一部になってしまう。まるであなた自身は意図的に選択してこのような考え方や振る舞い方を身に着けてきたように思うかもしれない。本当はどうだろうか?

もしあらゆる思考は自分のものでもなんでもなく誰かの考えの寄せ集めであることをみんながわかりながら暮らしたらどうなるだろうか?

AさんがBさんにいかなることを言ったとしても、どちらの口から出る言葉も誰のものでもない。誰の言葉でもないから無責任なことも非難することもない。そもそも発言者を非難したり責任を負わせたりして何か変わるだろうか?非難や責任ってなんなんだろうか?非難や責任と口にしたくなるあなたの言葉の裏にはどんな思いがあるんだろうか?

通常、人は言葉を文字通り受け取りよく傷ついたり怒ったり悲しくなったりするが、それはどうしてだろう。

悲しくさせる言葉、怒らせる言葉、傷つける言葉。言葉は音であったり書かれた文字として認識されるけれども、それ自体は何もしてこない。ならばどうして感情が湧いてくるんだろう。何が自分な中で起こっているんだろう。
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そんなことを皆で炬燵でお茶を飲みながら和やかに話し合ってみる。
僕はずっと自立しなくてはとか、自給自足はいいもんだとか、思っていた。

一人で生きていく力をつけなくてはと思うから、稼げるようにならなくては、食っていける技術や知識を蓄えなくては、と変に一生懸命肩に肩肘張って仮想世界に対峙してきた。これからはどんどん頑張らないで生きていこうと思う。

その辺の広告や宣伝を見渡すだけでも自分らしさとか、個性とかいった言葉が溢れているから、物心ついた頃には「一人でやらなきゃ」に囚われてしまう人は、きっと自分以外にもたくさんいるんじゃないかと思う。

目隠しを外してよくよく世界を観てみると、「な〜んだ」と言いたくなるくらいシンプルで奥深いことがわかってくる。心配や不安ではなく、安心して「じゃあ、どうしようか」とみんなで考えることができる。

この世の中、家庭内のいざこざから社会・環境問題に至るまで大小ありとあらゆる問題が提起され、日々多くの人が解決に勤しんでいる。これはこうなってると決めつけたときから、なんだか世界は色褪せて味気ないものになっていくようだ。魔法の質問「本当はどうだろう」は、まるで天に向かって伸びる木の枝葉のようにあらゆる可能性と方向性を示してくれる。

反対に決めつけは、ある解決に辿り着くためにお尻を叩かれるイメージだ。速いほうがよしとされるからか焦る気持ちなんかが湧き出てくる。
さて、あなたの人生は問題の解決のためにあるのだろうか?問題は本当に問題なんだろうか?

炬燵での一週間おしゃべりは、どんな話題になっても終始和やかで心地よいものだった。人がより人らしい姿で暮らす。

小さな社会から拡がる大きな社会。それはまったく見た事もない姿ではなく、どこかで誰しもが見たり感じたりしたことがあるような温かくてやさしくて懐かしいものかもしれない。

そっちが当たり前の未来はわりと近いうちにやってくるんじゃないだろうか。
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【自分の中で起きていた葛藤や悪感情が、魔法のように消えていく】ブラジル アズワンセミナー

10月9日~15日、【アズワンセミナー】が、ブラジルで開催されました。
ブラジルでのセミナーの様子を、参加者の感想や、日本のサイエンズアカデミーで学びながら、海外研修として参加したレオ君の手記などを通して紹介します。
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【自分の中で起きていた葛藤や悪感情が魔法のように消えていく】
アズワンセミナーのミーティングに参加しながら、自分の状態が落ち着いていくような、そういう道がはっきりと簡単示されていくような気がしました。

そして自分自身がどう人と関係を築いていくのか、いきたいのかの可能性も見えてきました。

このセミナーで感じたことは、自分自身の世界の見え方の変化によって、調和した人間関係の可能性が見えてくるということでした。

今まで身に着けてきた、良いとか悪いという体験に対しての見え方ということを自覚するだけで、何もそれに執着するものでもないように感じられるようになって、解放されました。

自分の中で起きていた葛藤や悪感情が魔法のように消えていくようでした。このような気づきや理解は、人とのやり取りや自分を見ていく中で起きていきました。

自分の中のこうした動きが他の人の幸福にも表していくようで「大きな家族」という気持ちというのも届くものに感じがした。

この7日間の中でとても生き方、見え方が明らかになってくるようだった。

(参加者の感想から)

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【今回、日本からスタッフとして参加したレオ君の手記から】
セミナーやってみて
探究というのに初めて触れて、人と話していく中で色々明らかになっていく。
その人その人の段階で、人の本来の姿が見えてくるような。
本心とか本当の願いが見えて、そこに適って生きられるように。

みんなの頭にどれだけ描けてくるかが…

セミナー終わったあと、それを実際にどう実現できるか。
そういうのを受け入れられる母体めっちゃほしいなと思った。

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年末にはスイスで、そして2023年にはドイツでも【アズワンセミナー】が開催されることが決まった。
日本、韓国、ブラジル、スイス、ドイツと、その輪は急速に拡がろうとしている。

世界中の人たちが、対立や争いの一切ない、本当に親しい仲の良い間柄一色で、安心して暮らせたら。そんな世界を一刻でも早く実現したい。
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ドイツでもセミナーの開催が決まりました。

ドイツでセミナーの開催が決まりました✨

主催されるunaVisionのHPの記事からご紹介します🍀

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8月にHerzershofで行われたUnaVision、EcoCity、AsOne Community Japanとの合同ワークショップでは、AsOneネットワークが開発した新しいアプローチ(ScienZ)についてもっと知りたいという意見が多く出されました。

そこで、2023年1月18日から24日まで、ヘルツァーホーフにて、小野雅司氏によるAsOneセミナーとドイツ語への通訳を行いますので、是非ともご参加くださいますよう、お願い申し上げます。

AsOneコミュニティは、2000年以降、シンプルで尊厳のある社会生活の新しいあり方を体験してきました。

彼らのアプローチの核となるのは、例えば、お金の介在しない生活、所有のない生活、上下関係や競争のない生活、他人から押し付けられた責任のない生活、しかし、自由意志と個人の平和を伴う生活などです。


AsOneセミナーとは?

AsOneセミナーは、本来の自分、本当に生きたい世界を発見するための探求の1週間です。

すべてを根本から考え直すことで、束縛から解放され、人間らしく自由で楽しい人生を歩み始めることができるのです。

人生の意味が明確になり、身近な人と何でも気兼ねなく話せるようになり、不安や恐れのない積極的な生き方ができるようになるのです。

私たちは、コミュニティやビジネスなどの構築の基礎となる対人関係の中核的な問題を認識し始めることができます。

誰もが人間らしく生きることができる「ScienZメソッド」を学ぶセミナーです。

www.DeepL.com/Translator(無料版)で翻訳しました。


ヨーロッパの国境を越えて、アズワンネットワークの仲間の輪が展開し始めました🌎

各地からの報告が楽しみです。
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10月アズワンセミナーの参加者感想インタビュー

10月のアズワンセミナー参加者の7名の内、4名は20代の若者でした。

そんな彼らの感想インタビューがありますので、シェアしたいと思います。

それぞれに深く味わい、希望をもって出発していきました🌈







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【本心はみんな好き。 今は、そう信じられる】アズワンセミナー 2022年10月

2022年10月の【アズワンセミナー】が、7名の参加者と3名のスタッフの10名で開催されました。

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どんなセミナーだったのか、参加者の感想から紹介します。


【人と自然が調和した「地球にやさしい社会」を実現していきたい】
普段は当たり前すぎて疑問にも思わなかったことや、自分の中で「これが正しい」と思い込んでいたことを、ゼロから「実際はどうなっているか」、「自分は本当はどう思っているのか」、「目の前の人は本当に自分が想像していることを同じように思っているのか」と、日常の生活の中で何度も繰り返し自分に問いかけ続けていくことで、新しい気づきや発見に出会い、それをみんなで共有しながらとけあっていく実感や体験を積み重ねることができました。

また、「安心・安全で何でも話し合える間柄」を身近な人から少しずつでも広げていくことで、「やさしい社会」はいつか必ず実現することができると実感すると同時に、それはどこか遠くにあるものではなく、いつも自分のそばにあることであって、「ゼロからの探究」で、気がつけばそこにあるものだと感じられるようになりました。

これから、まずは地元の顔が見える間柄の人と、より親しい間柄になれるよう、日々の生活の営みの中でサイエンズメソッドを実践していきたいと思います。

また仕事の上では、和気あいあいとした親しい間柄の人間関係を広げていき、みんなが自分らしくイキイキと働ける職場の環境づくりをしていきたいと思います。そして、自分の夢でもある、人と自然が調和した「地球にやさしい社会」を実現していきたいと思います。(30代男性)


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【誰もが願う平和で安心できる世界を実現したい】
平和な世界を望むのに、内に生まれる敵愾心。
安心した自然な世界を望むのに、内に生まれる焦燥感。
生きていきたい理想の社会を描けば、描くほど、遠く離れていく悲しみと絶望。

そんな、自分では嫌だと思いながらも生まれてくる感情の出処が知りたかった。平和で安心して自然体でいられる生き方を知りたかった。

参加してみて、先に述べた感情は他の誰のものでもなく、自分自身のものであると同時に、自分自身のものではないことを知った。

つまり、誰のものでもない感情を自ら創り出し、自分のものとしていたのだ。
それを“反応”と呼ぼう。
反応は自分の中で起きているが、決して自分自身の存在そのものではない。
生まれてから今までの経験や、得てきた知識を元に自ら創造し続けている、言わば幻なのだ。

後天的に産出された自分は、果して本当に自分なのか?
焦燥感や敵愾心、そんな感情の裏にはきっと、これまで叶わなかった願いや、抑圧せざるを得なかった本当の気持ちがあるのだろう。
そんな風に考えると、負の感情が芽生える自分が愛しい。
 
 何を僕は願っていたのだろう。
 何を僕はしたかったのだろう。
 自分自身への悲しみが慈しみに変わっていく。
 
これから僕は僕の本当の願いに耳を傾けたい。
自分の中の反応に一喜一憂するのではなく、その奥にある本当の自分の心を見つけてあげたい。

争いや対立、否定や怒り、誰しもその裏には本当の願いがあるのだろう。
誰もが願う平和で安心できる世界。
そんな世界の実現のために、まずは自分を愛することから始めたい。(20代男性)


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【本心はみんな好き。今は、そう信じられる。】
アズワンセミナーに参加してみて、これまで感じていた心地悪さは、素直な気持ちに蓋をして、感じないようにしていたから生まれてたことに気が付いた。

傷つくことが怖かった。
そして、本当はひとりが寂しかった。

セミナー3日目頃から、安心している自分に気が付いた。
いつぶりだろう。自分が周りからどう見られるか、どう思われるか、気にしなかったのは。

僕はまだ、自分の考えや思いこみ、決めつけに囚われていた。
疑うこともしていなかった。とても気をつけていたはずなのに。
それらを守るために、ひとりで戦って疲れていた。
セミナーでの日常の生活は、それらをそっと外してくれた。
そして見えてきた守ってきた自分は、とっても小さくて愛おしかった。
自然とそれはつながろうとする。みんなとても愛おしいから。

そんなつながりは心地いい。地に足が付いたような安心感。
みんな大切。みんな自分で、自分はみんな。そう感じるほど、もっと自分が分からなくなってゆく。自分がなくなってゆく。

これが、AsOneか。

この先、人から嫌に思われたり、傷つけてしまったりするのかもしれない。
でも、誰もそうしたくてしているわけじゃない。本心はみんな好き。
今は、そう信じられる。(20代男性)

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【優越感も劣等感も無い、嫉妬なんて意味が無い、そんな世界観が自分の中に生まれた】9月期アズワンセミナー 参加者の感想

7日間のアズワンセミナーを終えようとしている今。
セミナーに参加する前の自分と、参加した後の自分の内側は大きく変化したことを実感しています。
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アズワンセミナーは知人から紹介してもらいました。
そのときの私の状態は、大学3年生になり就活や社会に出るということが目前に迫ってきた時であり、それに対して乗り気ではなく、自分の気持ちを無視して就活をするのではなく、一度休学して、もっと広い世界を見て、違う選択肢を見つけたいと思っていました。

そんな時に知人の、“概念が変わる”という言葉に反応しました。休学して様々な外の世界を知るということよりも、まず内側を変えることの方が自分には必要で、意味のあることではないのかと、直感で感じ参加しました。

今回セミナーに参加して、人間が世界をどのように知覚しているのかや、人間のもつあらゆる感情、考え、また自分について社会についてなどの、普段当たり前のように思っていて疑問すら抱かないものたちを、一から考え直してみると、多くの気付きがありました。

その中で、私にとって最も大きかった気付きは、この世界は個々で独立しているものではなく、本当は1つのものである、ということです。それに気付くことで、私が自分で自分にもたらしていた、あらゆる傷をいやすことができました。

私は、自分自身に対する劣等感が強い性質がありました。それの原因には、人と比べて、人より優れていたい、だとか、自分で自分を認められない、などがありました。

しかし、“アズワン”というものに気付くと、この世界は全ての人の行為の連鎖で成り立っており、全ての人間は役割を果たしており、全ての人間は特別なのだというように感じました。

すると、自分自身は世界を構成する1つの存在として重要な役割を果たしていて、みんなも特別だし、自分も特別なのだと思い、優越感も劣等感も無い、嫉妬なんて意味が無い、そんな世界観が自分の中に生まれました。

生活の中で毎朝、研修所の掃除をしていましたが、それだけでも、自分は四肢があり、健康な体をもっているという才能があり、その才能を使い、トイレや風呂場をきれいにすることで、人々は気持ちよく過ごすことができ、その人々は次にまた良い役割を果たすようになっていくのだと思うと、自分はとても世界の役に立っているなと思い、自分で自分を認められました。また、自分も他人も無いようで、人に自然と優しくなり、愛しい気持ちが湧きおこってくるようにも感じました。
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私にとって社会とは、きっと生きづらい場所。できるだけ社会とは関わらずに生きたい、そう思って、山の奥深くで自給自足をするしかないかなどと、高校生あたりから考えている次第でもありました。
今回社会について考えてみると、本来人間はなぜ社会を形成したのだろうと思いました。

それを考えてみると、安心安全に生きるためにあるのではないかと思いました。
しかし、現在の社会となると、人の気持ちは尊重されず、人の心は死んでいき、しまいには、命まで失われる。本来、安心安全に生きるためにあるのに、真逆の結果になっているではないかと思いました。

大学生の私は、卒業したあとに、いかにして自分が楽になる形で社会という地獄に出ようか、その方法を模索していました。しかし、その答えは見つかりそうにありませんでした。それもそのはずです。パズルのすきまに、形の合わないピースを無理やりはめようとしているようなものです。どんなに頑張っても、窮屈です。

私は、社会を変えていくしかないのだなと思いました。
その時にはじめて、私の中で情熱というものが湧きおこったように感じました。
これからどう生きるか、自分にそう問いかけた時、サイエンズの考えに基づいた、人が本当に幸福に生きられる社会の実現に、私も関わっていきたいという気持ちがありました。

私の周りには社会に出たくないと思っている多くの同年代の友人がいます。そんな若者たちをセミナーに誘って、絶望から抜け出してもらい、希望を作る仲間になってほしいなと思いました。
(20代学生)
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【人は、世界はもっと良くなるという希望と可能性を僕は強く感じた】2022 7月アズワンセミナー

7月アズワンセミナーが、7/3~7/9行われました。各地から6名の参加者が参加して「本当はどうなんだろう?」とゼロからの探究。

そこから感じたり見えてきたものとは?
参加者の感想から、紹介したいと思います。
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【「自分の価値観」と、その「手放し」】

僕自身、より良く幸せに生きたいと思っているし、その思いはみんな同じだと思います。自分の価値観はあるし、それはとても大切なもの。それに沿って生きることに幸せを感じます。でもその自分のものと思っている価値観も、実は自分だけのものではなくて、人とのあいだにある、とても可変的で曖昧なもの。自分を大切にしながら、でもそこに固執しないで、人とのあいだで起こること、感じたことに身を委ねていきたいなと思いました。(30代男性)


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【人と自由に話し合える場があるということ】

「他人から違う物の見方を提示されても、他人の見方が間違っているとしか思えない」「こんなことをやっていて何になるんだろう、他にやることあるだろう」等々の思いが湧いてくる中コースを受けていたが、自分の意見を発表する中で気持ちが楽になったり、逆に過去の苦しい感情が蘇ってきたり色々揺れ動く自分がいる事や、人の発表になるほどそういう見方もあるのかと思ったり、人の意見を真剣に聞こうとしている自分がいる事に気づく。また同じセミナー生と生活を共にするにつれ当初持っていた警戒心がじょじょに薄れてきてだんだんとスムーズに物が言えている自分にも気づく。

人と自由に話し合える場があるというのはなんとも得難い事だとおもうようになりました。

仲間がいる事と、話し合いの場がある事。その中で色んな物の見方に触れ自分を成熟させ、楽になって行く事、その中で自分を活かしていく事。その事は必要不可欠だと思います。その先になんらかの納得の道があるのかもしれません。(40代男性)


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【いつも人の中で生きているんだな。】

一人でやるようでも、実際に一人でできることはないね。
物の向こうにも人が、行為の向こうにも人が。 人の中で生きていく日常、人生。
そんな日常が本当に「幸せ」になるには? 人は本当に何で満たされ、何で幸せになるのだろうか。
なぜ周りの人が嬉しいのを見ると、私も嬉しくなるのだろうか。
なぜ周りの人が気持ち悪いのを見ると、私も心が楽ではないのか。
セミナーの中で他の人の率直な話を聞くのに、なぜ私が嬉しいのだろうか。
私の中で何が作動しているのだろうか。 はっきりとは知らないが、それが改めて不思議に感じられた。
セミナーをしながらも、一緒に参加した参加者のおじさんたちが可愛く、身近に感じられた。

一緒に過ごす人と親しくなり、その人に向かって愛情が湧くのはとても自然なことなのかと思った。
そんなセミナーの中で、「家族のような関係」という言葉の深さがもう少し実感された。

みんな大きな家族のような関係の中で生きているとしたら? 私もその中に生きているなら?
「皆と家族のような関係になりたい」と、みんなともそうやって過ごしたいという願いも出てくるんだ。 想像も可能になるね。 それが改めて感謝し、大切だった。 人が与える愛と安心の中で育ったんだね。 私の中にもそれがあるんだ…(30代女性)
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【幸せで平和な社会を作っていける!】 6月アズワンセミナー

6月のアズワンセミナーが開催されました。

今回のアズワンセミナーは、スイスと韓国からも参加者があり、英語も交えた4ヵ国語が飛び交う、国際的なセミナーになりました。
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<参加者の感想から>
鈴鹿のツアーをした時に、「こんな素敵な社会が成り立つなんて信じられない」と衝撃を受けたり、鈴鹿の人たちと話す中でその受け答えが「どこからこんな答えが出てくるのだろう」「どれだけ自分の中の前提とか常識を外していったらこんな考えに辿り着けるのだろう」と驚いたりして、「ここに住みたい」「自分もそんなところにたどり着きたい」と思って、まずはこのセミナーに参加しました。

でも、「ここにくるので本当に良いのか?」といった不安や、「こんな理想的なことが成り立っているなんておかしい。何か裏があるんじゃないか」「コミュニティの人たちがみんな似たような雰囲気を感じて、多様性がない感じがして、何か洗脳のようなものが行われているのではないか」といった疑いの気持ちもあって、それらを確かめるためにも来ました。

「相手の実際のところは本当にはわからない」「良い悪い、善悪、正解間違いなんてない」「絶対なんてものはないから決めつけない方が良い」「『〜すべき』『〜しなきゃいけない』ことなんてない」「全ては一つで繋がっている」「一度決めたことをやめたって良い」「人間の思っていることや言っていることは変わって当然だ」などといったことは、自分にとってこれまでは頭ではわかっているけど、「そうは言っても現状の社会ではな…。」と実際には諦めてしまうことでした。

けれども、今回のセミナーはそれが心の底から深く自分の中で実感できて、本当に皆が皆のそのままを認め合い、本心をさらけ出しあい、幸せで平和な社会を作っていけるという確信がもてるような体験でした。
あと、参加する前に抱いていた疑いのような気持ちはほとんど無くなりました。(笑)

このサイエンズメソッドが何かの思考を人に押し付ける洗脳のようなものではなく、本当に何も決めつけずに皆の思うことそのままを受け入れあって深まっていくものであることも分かったし、コミュニティの皆が本当に無理なく本心でただ幸せに向かって暮らしていっているんだということも実感できました。

もっと自分の中のいろいろな決めつけや前提を外していって、こういったセミナーのような場づくり、鈴鹿のようなコミュニティづくりを日本、そして世界各地でするような人になっていきたいです。(20代男性)
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6月アズワンセミナー感想インタビュー

6月のアズワンセミナーに参加者の中、3名の方に参加してみての感想を伺いました。

皆さん感じられたことを率直に語ってくださり、争い対立の無い社会、一人一人が本心で生きられる社会づくりへの核心に触れられたようです。

「周りの人にも知ってもらいたい」

そんな希望を胸に出発していかれました🌈

【赤塚琳さん】


【井上祐宏さん】


【キム・ミンジュ(ハル)さん】


【野田麻由佳さん】


【小林陽子さん】
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