コミュニティ歳時記7月号「大きな少年たち」

なだらかな階段を上り、堤防の上に立つ。
眼前に広がる大海原。
"Ach, es ist das Meer~"
感嘆の声をあげる3人の大男たちを、潮風がやさしく包む。
"Oh, es ist eine weiße Welle"
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※写真左からパトリック・アレックス・アンドレ(スイスから来訪)

あちらでもこちらでも打ち寄せる白い波に、“生きている海”を実感する。
まるで引き寄せられるかのように、Patricがテトラポットを伝(つた)って、砂浜に降りていく。ほどなくAndre、Alex、僕も後に続いた。
先に砂浜に着いたパトリックは、早々に靴と靴下を脱ぎ、スラックスを膝上までたくし上げ、やる気満々の風(ふう)。そこから、大男3人は瞬時に“少年”となって海と戯れ始めた。
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波打ち際に行って飛び跳ねたり、貝を拾ったり、釣りをしている子ども達に話しかけたり、1時間近く裸足で砂浜を歩いたろうか・・・
山に囲まれ海に面していないスイスの3人にとって、そこは格別の味わい愉しみがあるようだった。それが、単に見慣れぬ海のせいだけではなかったと気付いたのは、暫く経ってからのことだが・・・

パトリックとは青年期に、かつてない新しい社会を模索する道中で出会った。もう30年来の友人で、お互いの子ども達が同級生だったこともあって親交を重ねてきたが、こんなに弾けた姿を見たのは初めてのことだった。
放っておいたら、そのまま名古屋の港まで辿り着きそうな勢いだったので、
「さあ、大きな少年たち。そろそろ、帰ろうか~」
と声をかけた。

その前日まで、アンドレとアレックスは、鈴鹿で開かれた6月度アズワンセミナーに参加していた。観光やビジネスが目的ではなく、セミナーの1週間を体験するためだけに、遥々スイスから海を渡ってやって来たのだ。パトリックはその通訳として入っていた。
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※スイスの3人が参加した【6月アズワンセミナー】

アンドレは、スイスの地で、30年以上も戦争や諍いのない平和な社会を創ろうと活動し続けてきた人。そんな彼にとってもセミナーでの体験は衝撃的だったようで、
「今まで、頭ではそういうことだと分かっていたつもりのことが、初めてズシンと心に入ってきた。今までのことは今までのこととして、ここからは本当にゼロからやっていきたいんだ」
と“やさしい赤鬼”のような面持ちで心の裡を曝(さら)け出した。
37歳のアレックスは、同年代の人たちも学んでいるサイエンズアカデミーに惹かれるものがあったようで、
「スイスの仲間やパートナーに送り出してもらって、鈴鹿にまた帰って来たい。今の僕にとってはアカデミーで学ぶことが、本当の自分を取り戻していく最短の道なんだと思う。」と。そんな風に語る二人の瞳は、海と戯れている時以上に、少年の輝きを放っていた。
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※滞在中はアズワン鈴鹿コミュニティメンバーと会食をともにした

パンデミックもひと段落した気配の中、こうして国内のみならず海外からも、鈴鹿コミュニティに訪れる人が増えてきつつある。
SUZUKAファームの野菜仕上げ場でも、新たに入学したアカデミー生や体験・実習プログラムの参加者などで、大賑わい。

そんな中、或る“事件”が勃発!
10年以上前のファーム創設時からのメンバー・俊幸君が、その賑わう仕上げ場にひょっこり顔を出した時のこと。いきなり或る青年女子から、
「あの~初めて体験で来られた方ですか?」
と声をかけられたのだ。
「いや~、実は10年くらい、ここでやらせてもらってるんですけど~」
これには、一堂大爆笑。
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※SUZUKAファームの谷藤俊幸君と娘の「はなちゃん」

俊幸君は、主に 田んぼや畑の作付け・管理・収穫などを専門にやっていて、外回りをしていることが多く、仕上げ場にいつも居るわけではない。まあ、どこの職場や集まりでも新入社員とかが多いとき の“あるある”なんだろうが、とは言え笑える。
「ファームでこんな顔の黒い、日焼けした新人おらんやろ~」
とは、俊幸君の弁。
ちなみに、ファームで賑わっているのは人だけではない。トマト、キュウリ、ナス、ジャガイモなどの夏野菜が本格的に採れ出している。真っ赤な完熟トマトを皮切りに地元の愛用者たちからは、朝採り野菜が喜んで迎えられている。

コミュニティを最近何度も訪れている一人が日野進一郎さんだ。(通称・日進さん)
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※アズワンネットワーク岡山の「日野進一郎さん」もペンキ塗りに参加

先月歳時記で紹介した屋根のペンキ塗りでもコミュニティメンバーに混じって大活躍。
というか、誰よりもペンキ塗りを自分事として愉しんでいて、
「僕はこのペンキ塗り、やり終わるまでは帰りませ~ん」
と結局滞在を延ばして、最後まで見届けた。とても70歳を越えているとは思えない身軽さだ。
『日野環境デザイン研究所』の一級建築士でもある日進さんは、その前後も二度、三度と手弁当で岡山から駆けつけてくれて、コミュニティの建物・施設の設計を担当している。
「日野さん、やっぱりここのところ、もっとこんな風に出来ないかなあ?」
耕一君、龍君を始めとしたコミュニティ若手メンバーからの度重なる無理難題と思える注文にも、
「ああそれね、確かに面白そうですね~」
とか言いながら応えている。そんな受け応えを通して、日野さんの中から眠っていた何かが引き出されてきているのを感じる。
「もう、図面の書き直し、これで9回目ですね~・・・こんなこと今までなかったなあ~」
と嬉しそうに語るその姿も、まるで少年のよう。
熟練の技が、その少年の心と相俟って、どんな建物が建てられていくだろうか。
そして一昨日、
「こちらでは本山さんがダイニングの増設工事を始めますよ~!」
とメールしたら、
「そうですね。本山さんの姿を思い出したら、ウズウズしてきたので、こっちの雑用を済ませたら行きます!」
と返信が来た。日進さんの勢いも、留まるところを知らず。
まさに、『日進月歩』~

動物は“本能のままに”生きて、当たり前。
人間は“本心のままに”生きて、当たり前。
じゃあ、“本心”ってなんだろう? 
心からの欲求、意志、気持ちって、どんなものかな?

よく反発とか抵抗とか反骨とか嫌悪とか言ったり、聞いたりするけど、
“心から反発、抵抗、反骨、嫌悪してる”人って、自分を含めて見たこと無い。そんなこと出来る人、一人も居ないんじゃないかな。
何かに反発したり、抵抗することはあったとしても、“心の底から”って程のことじゃなさそう。実は、とっても表面的だったりして。
私が“心から”したいことって?
あなたが“心から”したいことって?
“少年のような心の人”は、本心と開通・直結している人の姿かな。
シンプルに、心からの欲求、意志、気持ちだけで、お互いに生きていける環境だったら、どんな一日を送るんだろう、そしてどんな人生になっていくんだろう。
それさえあれば、誰もが“本心のまま”に・・・
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海を見に行った翌朝、パトリックは始発の電車に乗りたいというので、5時頃駅まで送っていった。東京で一仕事して、夜のフライトで羽田からチューリッヒに飛ぶと言う。車中、この5月にアカデミーに入学したパトリックの愛娘Juliaの話などしながら。
「ゴツン!」
いつも、申し訳なく思うのだが、190㎝を優に超えるパトリックには、日本車は小さ過ぎて、降車の時にどうしても頭をぶつけてしまう。
改札の前で、
「パトリック、いよいよ7月にはスイスでのセミナーだね。」
と声をかける
「はい、そうですね~」
と飄々とパトリック。
「どうなるかなあ、楽しみだ~」
と手を振ると、
「そうね、なんとかなるでしょう~。またね!」
と悪戯(いたずら)っぽく笑って、踵(きびす)を返した。
7月17日から、ヨーロッパでは初めてとなるアズワンセミナー。
日本とスイスを行き来し何年にも亘る準備を経て、パトリックが開催する。
アンドレやアレックスのサポートのもとに。
このセミナーを端緒に、ヨーロッパの片隅から広がっていくであろう新たな地平。
その胸の内には、もう既に描かれているものがハッキリある、そんな足取りでパトリックは駅のホームに消えて行った。
「いずれアカデミーを出発したら、お父さんと一緒にヨーロッパでセミナーをやっていける人になりたいんだ。」
そんなJuliaの言葉が、大きな少年Patricの背中を押しているようにも思えた。
”Wir sehen uns wieder, Brüder”


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※スイスの風景 7月にはスイスでアズワンセミナー初開催の予定です。
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コミュニティ歳時記6月号 【日日是(にちにちこれ)…】

東京から、伸(のぶ)ちゃんが訪ねてきた。つい一昨日のこと。
京都旅行の帰り道に立ち寄ったので、コミュニティのカフェスペースで2時間程話しただけだったが。

エントランスに掛けられている岩田さんの日本画も鑑賞したかったようで、
「ねぇ隆、この線はどうやって描いたの?」
だの、次々と質問を岩田さんに浴びせかけては、
「あ~、作者に直接尋ねられるのってすっごいシアワセ!」
と悦に入っていた。
自らも絵を描くことをライフワークにしている伸ちゃんが、
「今、隆は毎日、毎日、絵を描いてるんでしょ?どんなモチベーションでやってるの?」
と尋ねる。
「以前は、こんな絵を描いてやろうとか、賞を取ってやろうとかあったけど、それって非日常的な動機だったよね。今は、絵を描くことが“日常”になってる。“日常”を描いているのかなあ~」
「へぇ~、そんなんだったら、どんな絵が描かれていくんだろう?」
二人の絵談義は終わることがない。その様子を僕は、ほくそ笑みながら見ている。
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コミュニティで絵を描き暮らす、画家の「岩田隆さん」

伸ちゃん、岩田さん、僕は学生時代に、“東京若人会”なんて云う、今から思えば、何ともダサいネーミングのサークルで活動をしていた仲間で、来る日も来る日もコロコロと兄弟姉妹のように戯れていた。話し出したら、直ぐさま、その頃の自分たちにワープする。
わずか2年にも満たない期間だったが、一生続く関係性が出来てしまうような日々だった。

「僕と岩田さんは今、コミュニティの中で一緒のファミリーなんだよ。」
と此処のことを殆ど知らない伸ちゃんに説明し始める。鈴鹿コミュニティは大きな家族のような暮らしをしているけど、その中に5つほどの“ファミリー”と呼ばれる集まりがあって、そのファミリーごとに、ミーティングしたり、食事したり、お互いのことを見合ったり、知り合ったりしている。僕らのファミリーでは岩田さんの絵の個展を開催したりもしたよ、この秋もやろうと思っている等々・・・
そして、話しながら、僕らはどんな“日常”を送っているんだろうと、改めて振り返って見ている自分がいる。

皐月の“さ”は、田圃の神様に捧げる稲とか、5月に植える早苗を意味するらしいが、この時期、田んぼは動き出す。
田植えはもちろんだが、それと共に蛙の大合唱が始まる。
コミュニティダイニングの窓から、道を挟んで2反ほどの小さな田んぼが見える。
夕食時、鈴鹿一帯の蛙がその田んぼに大集結しているんじゃないかと思われるほどの、オーケストラサウンドが響きわたる。
毎週木曜日の夕食は、僕らファミリーの出番で、ダイニングにやって来るコミュニティメンバーがゆったりと寛げ味わえるよう、その場を創っていく。老若男女が寄ってくる、最近入学したアカデミー生や、各地から体験や実習に来ている人たちの顔も見える、それだけでそこに行きたくなる。当番や担当感覚じゃなく、家族団欒カンカク~。
満足したみんなを送り出し、片付けが終わった後の、ファミリーメンバーでのお茶タイムも、また格別。他愛もないこと言い合って、聞き合って、時を忘れる。
「蛙って、田植えする前はどこにいたんだろう?」
「そりゃあ田んぼの中で、冬眠してたんじゃない?」
「でも、そうしたら、田植え前の耕運機のロータリーで死んじゃうよ~」
「ホントだ。じゃあ、どこかから田植えしたの見ていてやって来たのかな?」
「でも、田んぼにやって来る蛙の行列なんて見たことないぞ!」
取りあえず、ググってみる。
「え~、草むらとか山や森に居るって書いてある。」
「ここは、住宅街に“ポツンと田んぼ”だから、山や森なんて近くに無いし、草むらだって見当たらないじゃん」
話している内容は、どうでもいいようなことだけど、奈々ちゃんも、ルシオも、玲子ちゃんも、敏美ちゃんも不思議と子どもの頃のような好奇心が湧き出してくる。

後日、その田んぼの横を通った時のこと。斜め向かいの橘公園で三歳のあかりちゃんが、ちょうど遊んでいるのを見かけたので声をかけると、
「ほら、この木のこぶのなかに、カエルさんいるよ~」
と指さし教えてくれた。
「ここの草のなかには、もっとたくさんカエルさん、いるよ~」
「ええ~~~、どこどこ?」
こんな街なかでも、カエルさんの居場所はいくらでもあるんだとそりゃあ驚いて、次の木曜日、ファミリーメンバーに伝えるのが待ち遠しかった。
「どうやったら、あの蛙の大合唱が止まるか、僕は発見した」と岩田さんは語り出したり、我がファミリーでのカエル研究はまだまだ続く。

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耕一君から送られてきたLINEのメッセージに応えて、次々と足場屋さんが組んでくれた階段を上っていく、アカデミー生も、子どもたちも。錆び落としから、錆び止め、そして終盤は各ファミリーで屋根に上り、一家総出でペンキに塗(まみ)れた。
ゴールデンウィークの1週間、晴天にも恵まれて、畳にしたら500畳以上の広さの屋根をシルバーのペンキ一色に塗り替えた。まさにシルバーウィーク?!
よく八木さんが言うけど、
「僕らはとっても大きな家に住んでいる。部屋はあちこちにあって、なが~いドライブウェイを歩いて、みんなのダイニングやリビングのあるSCS(鈴鹿カルチャーステーション)にやって来る。大邸宅なんやで~。」
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“自分たちの家の大きな屋根を、自分たちで葺きなおす”。
“自分たちで葺きなおすから、もっと自分の家になる”
合掌造りで有名な白川郷での、茅葺屋根の葺き替え。『組』とか『結』とか呼ばれる集まりがあって、村中みんなで、一軒の葺き替えを一日でやってしまうとか。
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そう云えば、母の生家は山間の村にあって、茅葺屋根だった。
祖父に、「おじいちゃん、雨や雪は沁みて家の中に入ってこないの?」と訊くと、「ほら、ここで囲炉裏の火を焚いているだろ。この煙が、屋根に上っていって、茅を乾かしたり、燻(いぶ)してくれる。そうすることで、丈夫な茅葺屋根になるんだ。だから、人だけじゃなく、牛や蚕さんのお家にもなる、心配しなくていい。」と言っていた。
そんな家の中で、安心して一緒に暮らすから、近くなる、親しくなる。

家族って面白いと思う。子どもからしたら、親や祖父母や兄弟姉妹を選んだりは出来ない。
たまたま、そこに生まれて、そこの家の子になり、一緒に暮らす。
近しいから、親しいから一緒に暮らすというのでもない、始まりは。
特別な日を送っているわけでもない、一日一日何の変哲もない日常を過ごす。
でも暮らしているうちに、家族になる。いつの間にか親しく近しくなって、一生揺るがない絆が出来る。
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今の“ファミリー”も、どこか似ている。
それぞれがそのファミリーを選んだわけでもなく、たまたまファミリーになっている。

そして一緒に暮らす、特別でない当たり前の一日一日を。

もともと、近しかったり、親しいのもあるけど、一緒に暮らすから、もっともっと近くなる、溶け合っていく。
そうしたら、もっともっと一緒に暮らしたくなる。揺るぎようのない“一つ”になる。
そのファミリーだけに留まらす、コミュニティ全体にそんな気風が充満していく。
そして、コミュニティだけに留まらず・・・
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僕は、“東京若人会”の活動後、両親が願っていたのとは全く違う進路を選択した。
大反対して、悲しんだり、泣いたりした母が暫くして送ってきた手紙が、今でも机の中にある。
「お前がその道と決めたのなら、最後までやり遂げたらいい」
親の凄さを知った。文末に書かれてあった、その一言は、ずっと自分の原動力の一つになっている。
どうなっても、何をしても、家族はいつまでも家族。母や父は絶対変わらずに、自分を見てくれる、愛情を注いでくれる、そうに決まっている、嫌われたり、見放されたりする筈がない、何をやらかしても大丈夫、意識とは違う心の底辺に漂う空気みたいなものが、いつも自分をふわっと動かす追い風になってくれた。

家族として、父や母、兄や祖父母と毎日一緒に暮らす中で、形成されてきた崩れようのない透き通った気流。
そこにポワ~ンと乗っかって人を見て、人と接し、人と暮らしてきた。
たくさんの友人・仲間ができ、兄弟姉妹・家族へと間柄が深まっていった。
親になり、自分の内からも溢れ、子ども達に注ぎ続ける、汲めども尽きぬ源泉があることを知った。それが“自分の子ども限定”ではないことも程なく分かってくる。

そして、今のコミュニティでの日常。
岩田さんの絵に描かれる日常、一人ひとりの持ち場に現れる日常、暮らしの中に浮かび上がってくる日常・・・
人知れずその一隅で、それぞれの舞台(ステージ)で、工夫を凝らし愛情を込めて舞い踊る“戯れの日常”から、滲み出てくるもの・・・
この一日、一日の暮らしは、どこに繋がっていくだろう。
溢れ出てくるものを、どこに向けて行こうか。
たとえ、どんなことがあろうとも、何かやらかしても、僕の“家族”は放っておかない、誰も放っておかれない。
一蓮托生、蓮(ハス)じゃないな大船か、日々是・・・

昨夜遅くに、“ファミリー”のグループLINEに稲ちゃんが写真を送ってきた。
「うちの田んぼの上、蛍がとんでる」
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光る蛍に、目を輝かせる、あかり、こころ、はな、なつき、うみ、たつみ、さくと・・・コミュニティの子ども達の顔が次から次へと浮かんでくる。
そろそろ、田んぼは初夏の賑わいだ。
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コミュニティ歳時記 5月号 【積み木遊び】

【積み木遊び】

小学校3年生の夏のことだったと思う。
当時所属していた少年合唱団の合宿があった。
毎年夏休みに、北アルプス燕岳の玄関口・中房温泉で開かれていた小学生50人くらいの恒例行事。ガードレールもない狭い砂利道を、何十分もバスに揺られて登っていく。
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そこは標高1,462メートルの高地。雄壮な渓流の脇にある山小屋風の大きな建物で寝泊まりし、さらにそこから長い階段を昇っていくと、立派な屋内温泉プールがあった。
様々な思い出が蘇ってくるが、肝心の合唱練習をした記憶が全く出てこないのに、笑ってしまう。

その夏、合宿最終日の前夜、山の天気は荒れに荒れた。
翌朝、外に出てみると、あれほど澄んでいた渓流が茶色の濁流と化し水飛沫(みずしぶき)に覆われ、大きな岩がゴロゴロ音を立てて流されていた。
僕らは、その凄まじさに歓声を上げた。
程なく、合唱団の先生たちから、伝えられた。
「山道で数か所、崖崩れがあった。今日は山を下りられない。」
僕らは、またまた歓声を上げた。
「もっと、ここにみんなと居られる。」
「やったー、何して遊ぼう。」
「先生、もう合唱練習しないよね!」
「・・・・・」
崖崩れが嬉しかった。
もう、そこからは愉しいばかり、パラダイス。
濁流見学に駆け回ったり、トランプや卓球をしたり、茶色で底が見えない温泉プールに潜って忍者ごっこしたり、テレビで高校野球を観戦したり、遊びたい放題。
何日居たのかは分からないが、途中食糧が底を突き、リュックを背負って山道を登ってきてくれた救助隊から、お握りをもらって頬張り、また歓声を上げた。

今の御時世なら、
『崖崩れで、中房温泉に取り残された児童たち、孤立無援状態に』
と全国ニュースになっていたような事態だったのかもしれない。
きっと、大人たちも大らかだったのだろうし、僕たち子どもは、ただただ喜んで遊び呆けていた。不安とか心配とか、皆無だった気がする。
何かあったみたいだけど、まあそれも大人たちが何とかしてくれるんだろう~、そんな意識があったかどうかは分からないが、丸ごと委ねて安心の胎水(うみ)にぷかぷか浮かんでた。
おそらく、誰もがそれと似たような経験をしてきているんじゃないだろうか。

「よく、こんな状況で、子どもたちは笑ったり遊んだりしていられるなぁ。」
そんな光景を目にすることがある。最近はとみに。その姿に驚いたり、と同時にどこかホッと安堵したりもするけど、僕たち人間の元々の本性って、その辺にあるのかなとも思う。
電車やバスに乗って、すぐ居眠りしてしまうのも、
水でも食べ物でも、すぐに口に入れてしまうのも、
どこで誰と居ても、そこの空気を吸って吐いて平気でいられるのも、
そんな本性の成せる業。
一日のほとんどは、そうやって油断して過ごしている。
自然や、社会や、ヒトのこといちいち疑っていない。
誰が運転しているかとか、誰がこれを作ったのかとか、
いちいち確かめたりしないで、力抜いて無防備に生きている。

“脱力” といえば
鈴鹿カルチャーステーションの真向かいに、子どもたちの体操教室がある。
大きなガラス窓があって、連日外から子どもの勇姿を見ようと親たちの人だかりができる。
ちょうど、正面が鉄棒で、気持ちよさそうに大車輪をしている男の子の姿が道を挟んで、目に飛び込んできた。
逆上がりするのだって、とっても力使うのに、なんと悠々と回っていることかと不思議な感じがした。
ずっと、“脱力”しているように見えて、観察してみる。
身体が鞭のように柔軟にしなっている。手もギュッと鉄棒を握り締めずに、何本かの指は浮いている。きっと体幹とか必要なところだけは効率的に働いていて、余分なところに力が入っていないのだろう。
我が身を振り返って、いちいち周りを警戒して防御して、全筋肉・心までカッチコチにしていたら、人生の大車輪は出来ないだろうなと思う。気持ちよく回り続けるのには、そしていつまでも遊び呆けるには、余計な力抜いて、油断して、本性のままにかな。
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さて、コミュニティのセンター的な位置にある鈴鹿カルチャーステーションでは“恒例”の改装工事が始まっている。2010年の開館以来、何度となく行われている改装工事。
何度か来訪される人たちからは、「また、どこそこ変わりました?」とよく訊かれることがあるが、その通りなのだ。
傍から見れば、なんと無計画な、なんと非効率な、と映るかもしれない。
確かに、もっと先が描けていたらこうしていたのにと反省することも多々あるので、それはこれからの課題にするとして、今回はこの春アカデミーに入学した韓国の5人や、それに続く青年たちの動きに向けての拡張工事が進められている。
手掛けているのは、コミュニティの大工、本山さん。
ここだけでなく、コミュニティの会社や施設、それぞれが暮らす家など、何かあったら、
「本山さ~ん」
と声がかかる。
「トイレが詰まっちゃった~」
「壁紙が剥がれてきた」
「エアコン取り替えてほしい」
「床にワックスかけたい」
「屋根の錆び落とししたい」
「・・・」
いつでも何度でもどんなことでも、そうやって声をかけられる、その安心感というか親しさと云ったら表現のしようがない。もう空気を吸うように当たり前になってしまっているけど、コミュニティの一人ひとりの心の中に、それは染み渡っている。
そして、そこに応えてくれる本山さんが居る。
これも当たり前だけど、「なんで、そんなことしたの」って咎められたことないなあ。
「どんな風にしたい?」
こうしようか、ああしようかと、打ち合わせしているだけでも心地よくて、愉しくなってくる。途中のいろんな変更にも、「はいよ~」と対応してくれるから全然難しくない。だから、気兼ねなく何度でも言えるし、訊ける。そして、最終的に直してもらったり、作ってもらったりして、満々満足~。
僕にとっては、頼りになる兄貴が、よしっ任せとけって、いつも大工道具担いで大家族の中に控えて居てくれている感じ。全面的にお任せ、お任せ~
HUB職場で一緒に仕事をしている八木さんは、
「いっぱい直してもらったけど、本山さんにお礼の一つも言ったことないわ~」
と笑っていた。そういう関係、そういうお互い。
こういう一人の人の存在って、ホントに大きいと思う。
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(コミュニティの大工、本山さん。1番左)
今の改装も、大の大人が寄って集って『積み木遊び』をしているようなもの。
「ダイニング広げたいから、隣の食品保管庫を空にしたい。」
「じゃあ、こっちの面談室を保管庫にして・・・」
「衣類置き場を移動して、あそこを面談室にリニュアルしよう。」
「衣類置き場の開き戸は、そのまま保管庫に取り付けられるなあ。」
「もっと広げたいから、廊下もダイニングにできないかな?」
「それなら、廊下にあった一時荷物置き場を、ここの倉庫の部屋ぶち抜いて移そう。」
「・・・・・・・・」
出るわ出るわ、名案、凡案、珍案、そして徐々に皆の中で浮かび上がってくるブレークスルーなアイディア。
5月の終わり頃、ひとまず完成予定だけど、どうなっているだろう。
その頃、訪れる人の眼にはどう映るかな。
積んでは崩し、また積んで・・・
積み木組むのも愉し、積み木崩しもまた愉し。

ちょっと機密情報になるけど、八木さんの【好きな動物は?】の答えは、【ヒト】。
積み木遊びも、ヒトとやるから面白い。
ヒトが寄るから、どんどん面白い積み木が出来ていく。
(周りに人が居るから緊張するとか、誰それの言動に不安になるとか)、
いつの間にか身に付いちゃった“有りもしない迷路”に嵌まるクセはあったとしても、
そこからスルリと抜け出てみれば、目の前に居るのは所詮ヒト、そのヒトが見えてくる。
あなたもヒト、わたしもヒト、ヒトとヒトが出会って、さあ何して遊ぼうか・・・
ヒトの中に居て、安心だから、積み木に遊び呆けていられる。
いつも周りにヒトが居るから、積み木が崩れることへの恐れがない、崩れても心配がない。
ヒトと一緒に流されて行くなら、清流でも濁流でもその愉しさに変わりはない。

僕の【好きな動物?】も、やっぱり【ヒト】です。
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コミュニティ歳時記 4月号

コミュニティ歳時記4月号
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迎えられる人

“18歳から成人に”
朝のニュースを見ていたら、そんな特集をやっていた。
明治時代から140年間、20歳からとされていた成人年齢が、民法の改正で2022年4月1日から18歳に引き下げられるという。
街角でインタビューに答える高校生たちは、戸惑いや不安を口にしていたが、その特集で扱っていたのは、どうやったら18歳の新成人が犯罪に巻き込まれないかということだった。
親の同意なしで、クレジットカードが作れたり、各種契約ができるようになるので、騙されたり、詐欺にあったりするケースが増えてくる。それに備えて、既に高校の授業では、悪質な手口に対しての対策とか、クーリングオフのやり方とかが組み込まれているという内容だった。
成人になる、大人になるというのは、どういうことだろうか?
そうなるために、周囲社会は何を用意していくことだろうか?

同じ日に、FBで“10年前の思い出”とかいう過去に自分が投稿した記事がアップされていた。時々、FBは勝手にそういうのを載せてくれていて、ほとんど見ることはないのだが、たまたまその日は覗いてしまった。
悠海ちゃんが短大を卒業する日の写真と、コメントが載っていた。

今日は悠海ちゃんの短大卒業式
彼女は、この2年間、コミュニティの中で学び暮らして来た。『おふくろさん弁当』でバイトして、大学の帰りには鈴鹿カルチャーステーションに寄って勉強したり居眠りしたり、弘子さん照子さん佳子さんなどいろんなお宅でご飯をご馳走になり、今日の髪結いも街の美容室の純奈ちゃんが、着付けは茶道教室の弘子さんが買って出てくれた。
四月からは就職し、栄養士として子ども達に、ご飯を作る。数キロ離れた所に住むけど、これからもコミュニティで見守っていきたい。

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あれから、10年。
もうすぐ悠海ちゃんは4児の母になる。
今は、コミュニティの乳幼児たちが育ち学ぶ場・チェリッシュの一役をやっている。
それだけでなく、各種ミーティングを設けたり、青年たちのお姉さん役をしたり、その場に悠海ちゃんが居るだけで、なにやら和んでしまう、和気藹々(わきあいあい)の語らいが広がっていく。

鈴鹿コミュニティで、【サイエンズアカデミー】が始まったのは今から4年前、2018年4月のこと。18歳から40歳までの青年たちに、その門戸を開いた。
ただし、その準備期間というか、前段階として、“サイエンズ留学”という場を3年弱用意していた。2015年7月4日から韓国と日本の青年2人でスタート、延べ50人ほどが集って、コミュニティを体験した。
悠海ちゃんが、青年としてコミュニティに来たのは、その“サイエンズ留学”が始まる5年ほど前ということになる。

ブラジルの青年Diegoが、やって来たのは2017年2月。
1年2か月、留学生として学び、その後3年間アカデミー生として学んだ。
彼は、明後日3月31日に5年ぶりにブラジルに帰る。彼を送り出してくれたブラジルのコミュニティのもとへ。
「Scienz Academy」 次の社会を創る人が育つ
片言の日本語しか話せず、周りからバカに見られないようにと背伸びしたり、お弁当屋さんは流れ作業で、あれはチャップリンのモダンタイムスと一緒だ、人間のやる仕事じゃないと批判するところから始まった彼の5年間、昨晩送別の会食をしたが、とにかく近くなったな~、回りから愛されてるなあ、抵抗するものがない気楽な相棒にお互い成ってきたなあ、そんな印象を持った。
どんな一歩をブラジルで踏み出していけるだろうか。
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昨年の秋から冬にかけて、アカデミーには、航平君、静香ちゃん、理恵ちゃん、梓ちゃんの4人が新たに加わり、渡航制限の解除で待望のジョンインも韓国から合流、そしてこの3月で直絵ちゃん、彩ちゃんの二人が出発する。

自分のやらなきゃ、やりたいを聴いて応えてくれる人
固くて重いものでも砕こうとしない、壊そうとしない
そのまま丸ごと受けてくれる柔らかさ
その人の中につるっと入って
いつの間にか自分が、人が、というのも溶けていく
その人を通して広く人の中に深く溶け込んでいくような感覚
大きなものにおさまっていく安心


出発の発表会で二人からは、ずっと大きな懐に抱かれて、安心のなかで暮らしてきた実感が伝わってきた。コミュニティペアレンツを始め、本当に彼女たちを、丸ごと聴いてくれる人、受け容れてくれる人が彼方此方(あちらこちら)に実在していたんだなと思う。
こうしなくちゃいけない、こうあらねばならない、そういった捉われやキメツケから、どんどん解放されていく。これだけは言えない、そんなことは知られたくないと自分の中で頑なに握りしめていたことも、いつの間にか緩んでオープンに、何でも軽く出せる人に成って自らを開放していく。そうしたら、むくむくっと本心が顔を覗かせてくる。
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3月24日~28日には、ユネスコ認証教育プログラムGaia Youth が鈴鹿で開かれて、アカデミー生もそのスタッフに入った。20歳から27歳までの参加者に、スタッフに入ったアカデミー生・たっきーの心境。

どんな人とも、溶け合える。
誰とでも通じ合える。

そんな人になりたい。

そして、明るく照らせる人に。
その人といたら、本心が丸見えに。
気にしてたことが、バカみたいになったり。

そんな人になりたい。

みんなの話を聞きながら、そんな思いが出てきた。

一緒に過ごしてきた4日間。
素直さに、純粋さに何度も何度も心が温かくなる。
みんな、ポカポカ浸かってる。

ツアーでアカデミー生との交流。
みんなに紹介したかった、僕の兄弟たちだな。

明日で最終日。
ここから、みんなの新しい出発。
1人1人に、何かが湧いてくる。

こういうのって、種まきだなって思った。
その人の中に眠っているものが、にょきにょき出てくる。
いつ、芽が出るかはわからないけど。
種まきというよりは、水やりか?

暖かい、暖かいって言ってる参加者がいた。
何を感じてるんだろう。

鈴鹿での試み。
そうちゃんが言ってたみたいに、今までの人類史上、成し得なかったことを、今ここでやろうとしている。
ここの気風に触れて、今までにないものを感じて、それぞれの中が変化していく。
たった5日間だけど、ぐーっと進んでいくような。



これまで、コミュニティがアカデミーという場を用意してきた。
コミュニティのメンバーが、アカデミー生を包んできた。
それは、これからも変わらないだろうが、今、新しい流れが生まれつつある。
アカデミー生自身が、アカデミーという場を作り、
アカデミー生たちが、新しいアカデミー生を生み出し、包んでいく。

4月8日には、韓国から新たに4人の若者たち、ダジョン、スジョン、ミンジュ、スルギがアカデミーに入学してくる。
その後、日本からも世界からも続々と・・・

“溶け合える人” に、成っていく。
“迎えられる人”に、成り合っていく。
アカデミーの本領発揮。
5年目を迎えようとする今、その水口(みなくち)が切られた。
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コミュニティ歳時記 3月号

【北帰行】

「ばぁば、ばぁば」と呼ぶ声が響く。

鈴鹿カルチャーステーションの玄関で、夕食前の5時頃のこと。
呼んでいるのは夏輝(なつき)。数か月前から一人で歩けるようになって、言葉もたくさん出てくるようになった。その名の通り、産まれたのは夏真っ盛りの2020年7月。韓国から留学生として来ていたジンちゃんと、博也君との間に誕生した日韓のハーフだ。韓国名はパク・ハフィ、ジンちゃんを見たら「オンマー」とスタスタ駆けていく。
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呼ばれているのは千恵さん。血の繋がりのある祖母ではないが、この1年半、ずっと夏輝に付きっきりの“ばぁば”だ。もう夏輝と云えば千恵さんなのだ。
この時間帯、コミュニティ・ダイニングでは小さな子ども達とシニアの人たちが夕食を共にすることが多い。すると、夏輝は通りかかったり、出会ったりするシニアの一人ひとりを指差しては、「ばぁば、ばぁば」「じぃじ、じぃじ」と呼ぶ。
呼ばれた方も満更ではない。「はーい、夏輝!」「おー、夏輝!」と一日一日、その成長を肌で感じながら、食卓も賑わい、自然と食も進む。
もしかしたら夏輝の発する言葉の中で、圧倒的に「じぃじ、ばぁあ」が多いのではなかろうか。
そして、いったい夏輝の瞳には、千恵さんやシニア達、その周辺が、どんな風に映っているのだろうか?
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「韓国からお母さんが荷物送ったと連絡来たケド、まだ届いてナイ?」
フンミが鈴鹿カルチャーステーションのインフォメーションに来て、訊いてきた。

「まだ来てないなあ、届いたら連絡するよ」
「ウン、早く来ないカナ、早く来ないカナ・・・」

と、まるで小さな子どものように呟きながら帰っていく。
フンミに限らず、ここインフォメーションに郵便や荷物を届けてもらうようにしている人が多い。朝から晩までここは開いているから、時間指定しなくていいし、その時だけ家に帰って待っていなくていいし、とても快適なシステムだ。
届けられる自分たちだけでなく、届ける側にとっても“やさしいシステム”で、再配達の手配やその手間も省ける。このエリア担当の宅急便のお兄ちゃんなんかは、だんだん事情が分かってきているので、
「家に届けたけど○○さん居なかったので、こっちに持って来ました~」
なんて、ちゃっかり荷物を置いていくこともある。

さて、フンミである。

2,3日後に大きな段ボールが送られてきたので、連絡を入れるとスッ飛んできた。
「ワ~、来た~。来た~」
満足げに段ボールを紐解きながら、
「みなさ~ん、中を見たいデスカ~?」
と、ちょうどインフォメーションの職場の打ち合わせをしていた美映さん、奈々ちゃん、僕の3人に向かって満面の笑顔で言う。どうも見せたくて仕方がないようだ。
「見たい、見たい~」
と、美映さん、奈々ちゃんが応える。
「それじゃあ、見せてあげまショ~」
と得意げなフンミ。
「これが乾燥させた荏胡麻(エゴマ)の葉っぱでショ~、こっちはやっぱり乾燥させた大根の葉っぱでショ~、これはタオルで~、おっとこれは下着~ハハッ・・・・」
と次々、一つ一つ袋を開けて中身を見せながら、丁寧に説明していく。
「そんな物まで送ってくるんだ。母の愛だね~、それも母の愛だね~・・・」
美映さんは、何度もそう言いながら嬉しそうに見入っている。
ひとしきり4人での鑑賞会を堪能して、荷物をまとめて帰路に就こうとするフンミ。
「フンミ、それ20㎏以上あるよ。僕が車まで運ぼうか」
「いえ、ジェンジェン大丈夫。ワタシが運びます。」
なんだか、その重みを喜ぶようにフンミは段ボールを抱えて出て行った。
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ダイニングの隣にはコミュニティスペースJoyがある。
その一角に、毎日SUZUKAファームからの野菜が届けられる。
白菜、キャベツ、大根、小松菜といった冬野菜が届くようになってから、そのスペースが整然として一段と映えるな~と感じるようになった。

クリアな空気が、ファームから流れ込んできているかのようでもある。そのせいかどうか、みんなの食べる野菜の量が増えてきているねという声も聞かれた。
そんなある日、たまたま野菜が届けられる瞬間に出くわした。
届けてくれているのは、ファームの月岡さん。

野菜を一つ一つ、コンテナに並べていく。なにか一つの作品でも創り上げていくかのような、静かだが凛とした佇まいに魅せられてしまう。
驚いたのは、白菜もキャベツも大根も、もうそのまんま齧れるんじゃないかというくらいに、土を落とし、外葉などを取り除いて綺麗に仕上げてきていること。届くまでに随分と手間がかかっているのが見て取れる。

言ってみれば、ここはコミュニティの自家用スペースだから、スーパーなどで販売するような見た目のクウォリティは求められていない。
なのに、月岡さんはなぜ、そこまでして届けてくれるのだろう?
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故郷の幼友達がSNSに、安曇野の犀川に越冬のために来ているコハクチョウの写真や記事を時々載せてくれている。そしてちょうど今時季、彼らの北帰行(ほっきこう)が始まっている。

向かうのはシベリア。

そこで繁殖し、また初冬に増えた家族と共に安曇野に帰ってくる。
誰もがどこかで目にしたことがあるであろう渡り鳥たちのⅤ字飛行。
何千キロという大いなる旅路を、安全に快適に仲間たちと成し遂げていくための究極のスタイルだという。ちょうど北京オリンピックのスケート・パシュートで、後方の選手の空気抵抗が少なくなるとか、先頭の選手は時々交代して負担を減らすとか解説があったが、鳥たちはずっと昔から、そうしているみたいだ。

規則や当番制も無いのに、否(いな)、そういうものが無いからこそ、見事なⅤ字を編成し、毎瞬毎瞬、気流や空気抵抗、前方の羽ばたきに応じた動きをし、適切な交代をしながら、みんなで遥か彼方の目的地へと飛んでいく。近年、科学者たちは最新のテクノロジーを駆使して、その謎を解明しようとしているが、彼らの想像をはるかに超えた鳥たちの機能や関係性が続々発見されているとのこと。
『鳥たちは互いに、仲間の鳥がどこにいて何をしているのか本当によく理解しています。
何よりそのことに深く感心しました。』
と、或る科学者は語っていた。

それにしても、安曇野・松本と云ったら、雪はそれほどでもないが、高地であるが故、冬の冷え込みは極めて厳しい。そこに越冬のために来るコハクチョウ、シベリアの冬の寒さは如何ほどであろうか。そして、暖かい春の訪れを喜ぶ人間をよそに、そこをサラリと飛び立ち、遠くシベリアへと繁殖のための帰路につく群れ。

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極寒だからと言って、力尽くで領土を広げたり、戦闘に打って出なくても、行きたいところに出かけて行って、温かくその地でも受け入れられ、また時季が来たら惜しまれ見送られるなか、悠々と帰って行ったり、鳥みたいに人間も自由自在にやれないものだろうか。

私たちが、回帰したい場所はどこだろう?
鳥たちは本能でそこを知り、自らに備わる能力と仲間との結束で、帰るべき場所に帰って行く。
私たちが、回帰したい“心の住処(すみか)”はどこだろう?
どうやって、そこに帰って行くのだろうか?

2009年11月、今ダイニングやJoy、インフォメーションのある鈴鹿カルチャーステーションの構想を学者研究者の方々と描いたときに、初めて鈴鹿を訪れた京都大学名誉教授の内藤正明さんやドイツのハーン博士から、
「この辺りはホントに何の変哲もない街ですね。目立った文化遺産もないし、風光明媚というわけでもないし、洗練された街並みでもないしね。新しい魅力あるコミュニティ造るなら、もっといい場所があるでしょうに。」
という意見をもらったことを思い出す。

確かにな~、ここには人を惹きつけられるような物理的な魅力は殆ど無いし、なかなか造ることも出来ないなあとずっと思ってきた。
でも、誰もが帰って行きたくなる“心の住処”を、ここで創っていこうとしている今なのかなとも思う。

鳥たちがその本能で、当たり前のように飛び・輝き・奏でる美しい世界。
本能プラス知能まで備わっている人間だったら、もっともっと華麗に飛んで、
もっともっと優美な世界が奏でられるはず。
きっとそれが当たり前。
それも普通の人たちの結集で。

「なっ、夏輝!ハフィ!」
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コミュニティ歳時記 2月号

セントラルグリーン

“もち菜”は正月の野菜売り場の主役になる。
雑煮にはもち菜というのが、この辺りの定番のようで、面白いのは、“小松菜”と貼られていたラベルが、この数日だけ“もち菜”に替わることだ。
もともとは尾張地方で江戸時代から始まった食べ方のようだが、三英傑に所縁(ゆかり)の地らしく、<名(菜)を持ち(餅)上げる>というのが起源だとか。
ともあれ正月三が日、SUZUKAFARMの仕上げ(出荷)場は、お弁当屋さんのお節からバトンタッチして次なる踊り場となる。ここからは佳世ちゃんの元旦のブログ
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仕上げ場に着くと敏美ちゃんが錠前を開けていた。
中に入って、なにしようかー、亜子さんも来た。
葉っぱからやる?
マックスバリューのが出来次第、持っていくよ。
じゃあー、ニンジンもやろう。
山ちゃんが来る。
7時からカラオケに行くまで小松菜そうじなんだって。
亜子さんと一緒にニンジンの壁を作る。
ほうれん草を雪の中、としゆきと、たけみちが洗い始める。
井戸水は暖かいとか言いながら。
はるかも、照子さんも、みっちゃんも、あやちゃんも、深草さんも、たくやも、次々来る。
・・・
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正月2日は、餅つきも。
代わる代わる7臼ついて、その場で出来立てを味わう、なんとも贅沢。

そして、三が日明けた4日には5軒の引っ越しを一気にやった。
やってみては“引っ越し”より、寧ろ“家替え”の方がピタッと来るのだが・・・
先ず年末年始の直前に、
・俊幸君が新しいところに居を構え、
・その空いた家に、よっしー一家が移動した。
4日の朝から、
・絵里ちゃんが、よっしー達の居た部屋に越して、
・その空いたところに、剛道君が移り、
その昼からは、
・宏冶&フンミが、剛道君の居た家に、
・続いて僕が彼らの居た部屋に、
・そして拓也が僕の居た家に
と、まるで一筆書きのようにスムースに進んだのだけど、合わせて7軒もの家替えなので、何度聞いても分からない~という声が周りから続出したほど。
それぞれ歩いて5,6分のところに位置しているから移動距離は短いとはいえ、5軒もの移動がたった一日で、実際には数時間でやれてしまうというのはどういうことなんだろう?と改めて思ったりした。

「この家具使う? 置いとくわ~」
「冷蔵庫と洗濯機は、そのままにしとくね~」
「トースターと湯沸かしポットと扇風機、引っ越し先にあったから戻しとくわ」
そんなやり取りが行き来して、運ぶものがどんどん減っていったのもあるし、
物の移動は、俊幸君がファームの2tトラックを出してくれて、剛道君、Diego、伴君という若者たちが担ってくれたのも大きいかな。
僕も含めて引っ越す本人たちは、ただ「ああして~、こうして~」という気楽さで、拓也なんかはその日居なかったこともあって、予め纏めてあった荷物を本人不在のなか運んでもらっていた。
新居に移るとか、引っ越しするとかいうと、人生の中での一大事のように映ったりもするが、こうも軽々とやれてしまうと、どうも異った趣(おもむき)が出てくる。
<大きな家族の中での、超楽々家替え>
その時々の、各自の暮らしへの欲求とか家族構成の変化とかで、住む場所や家が替わっていくというのは至極当然のことで無理がないことだと思うが、例えば半生かけて建てた家だから最期まで住み続けなければならないとなったら、何とも窮屈な感じがする。

『人のための会社』という表現を、自分たちがやろうとしている関係性の姿として用いたりすることがある。
“会社のための人”では本末転倒と頭では分かっているつもりでも、案外気付かないうちに手段を目的に穿き違えてしまうことがある。
それと同じように、もし“家のための人”になってしまったら、どうなることか・・・
『家替え』というのは、今のその人や、その家族に相合う家に替わっていくという感じだろうか。
『人のための家』なんだろうと思う、もともと家というのは。

この辺りは家やマンション・アパートだけでなく、商店・商業施設が密集する典型的な市街地なのだが、5分も歩けば見渡すばかりの田園地帯が目前に広がるという稀有な土地でもある。
住む僕らにとっては、格好の散歩・ジョギングコースでもあり、四季折々に足を運んでは稲の成長に驚かされたり、水辺からそよいでくる涼風に癒されたりもする。
10年以上も前のことだが、当時市会議員をしていた杉本さんから、
「鈴鹿の街づくりをするときに、市街地の真ん中に“緑の中心核(セントラルグリーン)”を残そうというのが最初から計画にあったんだ。」
と聞いたことがある。『人のための街』そんな発想が元にあったのだろうか?

今の時季、中には“もち菜”などの野菜が育てられている所もあるが、多くは土とわずかな草が散見されるだけの眠っているかのような田圃。
暫く見入っていると、空の雲や山々を映す水面に整然と植えられた何百万本もの苗、無数の虫や鳥たちの棲み家となる緑草の海、香しい匂いさえ運んでくる揺れる穂波と、いくつもの情景が浮かんでは消える。また同時に、
「様々な表情を見せる、この田圃の“実質”は一体なんだろう?」
そんな不思議な感触が湧いてもくる。
今は何も無くて、眠っているように見えるけれども、やがて月日と共にいろいろな現れを見せる。どんどんと移ろい、変化していく。
無から有へ 有から無へ その果てしない繰り返し・・・
ただ、それも自分にはそう見えているというだけのことかも知れない。
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何も無いように見えても、実際は絶えず何かが流れているんじゃないだろうか
たとえどんな現れをしようとも変わることのない“田圃そのもの”が。
振り返って、それと同じなのかもしれない“人間”を、目の前のその人を、日頃どう見ているだろうと自問してみる。
もっと多様で、複雑だったり豊かだったり可憐だったりする一人ひとりの姿を。
そして、その現れの元にある、目には見えないその人の実質を。
現れを見ては右往左往してばかりだなあと反省もしつつ・・・

『人と人で』生きていくとか、暮らしていくとかいうとき、
表層・表面のやり取りだけだったら味気ないだろうなと思う。そんなことも沢山してきた。
でも本当に仲の良い家族だったら、『実質と実質』だけが行き交っているような気がする。
分かり合えている、委ね合っている、愛し愛されているお互いの間で、守ったり、飾ったり、大きく見せたり、萎縮したり等々、そんなのまったく意味がない、要らない。
そこにあるのは、実質と実質だけ。安心し切っているから心地よい。
それは理屈でなく感得してきているような、芯部から懐かしさが滲み出てくるような・・・・<名(菜)を持ち(餅)上げる>なんてこととは無縁の世界。

三英傑のせいだけでは無かろうが、僕らも小さい頃から随分と<名を持ち上げる>為の教育を受けてきて、今となっては余計なものを付けてきてしまったと染みついたモノの頑固さに辟易(へきえき)とすることもある。
ただ、最近、
「あ~、誰とも張り合わなくていいんだ。誰とも張り合いたくもないんだ。みんなの中の自分で居たいんだ。」
という自分の中心核に出逢えた感じもあって、どこかホッとしている。

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『人のための街、会社、家・・・』もイイけど、その前に、自分は
『人のための人』に成っていきたいんだな~。

そんなことを、やさしく気付かせてくれる社会に住んでいます。
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コミュニティ歳時記 1月号

呟きの、その先に

夕暮れ時、鈴鹿の空にカラスの道ができる。
白子の海の方から亀山の方に向かって、決まって同じ辺りを、数えきれないカラスが次々と渡っていく。

空のどこにも線はないし、交通整理係の一羽もいないのに、まるでGPSでも搭載しているかのような、その正確さに感心してしまう。
数年に一度クラスとかいう寒波の影響で、白く覆われた鈴鹿の峰々を背景に、ひと際映える空中の<カラスロード>・・・
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年の瀬といえば、決まってお節作りである。
今年は360セットもの注文が各地から届いた。
コミュニティの家業とも言える<おふくろさん弁当>、
28日からは老いも若きも駆けつけ、所狭しと活況を呈する。

蝉の鳴き声が消え入る頃から始まった担当メンバーの構想、企画、試作、試食の末に産み出された、今年の一品一品。そこに心を込めていく・・・

お節の話題で賑わい始めた師走に入った頃だろうか、コミュニティの食部門を見ている三由紀さんが呟いた一言。
「年末の忙しい時こそ、毎日のお弁当を届けられたらなあ」

例年12月26日か27日でお弁当の販売は終了し、弁当屋さんを挙げてコミュニティを挙げて全面的にお節作りに入る。厨房や盛り付け室なども<お節仕様>に一気に様変わりする。

ずっとお弁当を取り続けている常連さんがお店にやって来て、
「そうかあ、お弁当お休みだったんだ。」
と落胆するのを見て、年末大掃除やお正月の準備とこんな時こそお弁当欲しいんだろうなと思いつつも、
「31日にお節用意してますからね。お楽しみに」
と言う他なかった。
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20日過ぎだったか、
「三由紀さんの言ってた年末の弁当、何とかできたらええなあ」
どこからともなく、中井さんだったか、泉田さんだったかが言い始めて、
「来年からそう出来るようにしようよ」、がいつの間にか、
「今からなんとか出来ないやろうか~」になって、
「だったら、あ~も出来る、こ~も出来る」と、あっちでもこっちでも知恵が寄ってきて、
あれよあれよという間に実現してしまった。
今日31日には、日替わり弁当だけでなく年越し蕎麦まで用意しちゃおうとなった。

『年末はお節作りのみ。お弁当までは無理』
そう決まっていたのは、<頭の中>だけだった。
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“呟き”と言えば・・・
コミュニティスペースJOYのマミー・芳子さんが20日に、
「JOYの冷蔵庫、ずっと働き続けてくれてるけど、<この子>そろそろ限界みたいでね。<新しい子>が来てくれたらいいけどなあ」
とボソッと。

アイランドショーケースという360度どこからでも、食材を出し入れできる<この子>は、もう何年もコミュニティの真ん中に居て、故障する度に電気担当の市川さんに直してもらい、最近では霜取り機能が効かなくなったと、毎日芳子さんがショーケースを空にしてはドライヤーで内部の霜を溶かしたりしていた。
「毎日霜取りしてても、だんだん冷えにくくなって来ててね。<新しい子>来て欲しいけど、ウン十万円もするって聞いたら、<この子>にもう少し頑張ってもらおうかね。」
と、続ける芳子さん。

「でも、ショーケースのお陰で家の冷蔵庫って殆ど使わなくなってる。」
「卵だって、翌日食べる分だけ、そこから持って行けばいいし」
「一人で、ウン十万円の冷蔵庫買うと思ったら躊躇うけど、“100人の冷蔵庫”だからなあ」
「そうそう100人で割ったら、一人数千円で済むじゃん」
「・・・・」
「・・・」
とか何とかいう展開になって、27日には<新しい子>が東北は仙台の方からやって来た。

からす なぜ鳴くの
からすは山に
可愛い七つの
子があるからよ
可愛い 可愛いと
からすは鳴くの
可愛い 可愛いと
鳴くんだよ
山の古巣(ふるす)に
行って見て御覧
丸い眼をした
いい子だよ


野口雨情が作ったとされる「七つの子」の詞。
どんな風にカラスを見ていたのかなと思う。
そして本当に“山の古巣”まで訪ねて行ったんじゃないだろうか・・・
パッパッと流れてくる画像・映像・情報を追いかけて処理しているのとは随分違う、得も言われぬ<ゆったり観>。

『それってどうなんだろう?』と、
手を止めて、耳を傾けたくなっているような、その見ている時の心持ちというか、
そのものに、その人に入っていくような親しさ近しさというか・・・

私たちの会心のお節は昨日から箱詰めされ、
宅配業者の力も借り<お節ロード>に載って、全国に発送された。
そして今朝は、お弁当屋さんの店頭で引き取りに来る人たちのために並べられている。
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日替わり弁当と年越しぶっかけ蕎麦と共に。
「早く来ないとお節の箱の風呂敷包み終わっちゃうよ~」
という泉田さんからの呼びかけLINEを見て、奈々ちゃんが今、弁当屋に向かって走っていった。

2021年が暮れていく。
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【新連載】コミュニティ歳時記 12月号

【家族の風景・・・そして家族以上の】

まだ現役で働いている父が90歳になった。
創業145年の零細企業を経営している三代目だが、さすがに来春いったん会社を閉じるというので家族会議の招集がかかった。

平日だが、思いのほか車内は混んでいた。
晩秋の行楽に出かけるグループだろうか、賑やかな会話が飛び交う。
「・・大きな声での会話は、他のお客様の迷惑となりますので、ご遠慮ください・・」
というタイムリー?な車内放送に思わず失笑する。
後部座席の老夫婦は、想い出を辿る旅の最中らしい。奥さんの声ばかり聞こえてきて、時折交わされる二人のやり取りもどこか噛み合わない。
「お父さん、ほら見て!御岳山よ。」
「おぉ~」
ほんの数秒だけ見える、その一瞬を二人は愉しみに待っていたようだ。
「わぁ~何十年ぶりかしら。懐かしい~。この景色が見られただけで、もう満足!」
「そうそう・・・」
相変わらず旦那さんは口数少ないが、この時ばかりは、二人の呼吸が合っているように聞こえた。
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2年ぶりに仰ぎ見る常念岳。
なにか物足りなさを感じながら家路を歩く。
そうか、この時季なら頂に雪を冠している筈と、脳裏には子どもの頃の景色が浮かんでいたのだった。地球温暖化とやらの影響もあるのだろうかと思いは巡る。
家の勝手口を開けると、一足先に着いた兄が真っ先に迎えてくれた。
東北で医師をしている2歳年上の兄は、パンデミック以降ずっと働き詰めだったが、社会もやや小康状態となった今がチャンスと、思い切って1週間の休暇を取ってきたと言う。

仏壇に線香をあげ、お土産を供えていると、
「さあ、先ずはお昼ご飯にするだ。」
と台所から母の呼ぶ声がした。
途中、父も出先から帰ってきて、家族4人で食卓を囲む。
「なんだ、あのコーヒーカップ。色褪せてるじゃん。僕らが中学生の時から使ってた年代モノだよ。もう捨てた方がいい。」
と、古い食器棚の中を指さしながら、兄が言う。
「どれ?あれか~。あれは良いモノだから、捨てるわけにはいかねえ。まだ取っておくじゃん。」
と父が応える。
「そういうこと言ってるから、要らないもので家の中がいっぱいになって、何も片付かない・・・・・」
兄の力説にも怯まず、やり取りしている両親の様子をうわの空で聞きながら、
“こうして家族4人で過ごすのは何十年ぶりのことだろう。兄が大学で仙台に行き、僕も東京に行き、その後それぞれの子ども達交えて盆や正月に会することはあったが、両親と4人だけというのは子どもの時以来かもしれない”
と顧みたりしていた。

4代目になる気など毛頭ない兄と僕はずっと故郷を離れて暮らしていて、その間近くに住む母の甥や姪が随分と気をかけてくれて頻繁に足を運んでくれていたこと、司法書士さんや税理士さん、議員さん、出張販売の人、多くの友人隣人が両親のことをサポートし続けてくれていたことを知った。
数日かけて、家の片付けや会社の整理をしていると、子どもの頃は知らなかった、というか知り得なかった父や母のいろんな顔を改めて観ることにもなった。当時は、悲しいとか苦々しいとか腹が煮えくり返るとか、身や心を摺り減らしたことも、今となっては全部面白可笑しい、笑い種になって、4人で笑い転げた。
ただ、片付けや整理はまだまだ続きそうだ。
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鈴鹿に戻ってきて、サイハテヴィレッジからコミュニティのツアーに来た坂井勇貴君と工藤シンク君に会った。
2人とも初対面。
坂井君は姓も同じで、名前もよく似ているので、他人のような気がせず話しかけてみる。
そうしたら、勇貴君のお母さんと、僕の父方の郷里がものすごく近いことが判明。
何代か遡ったら、きっと親類に違いない。
その坂井君と工藤君と鈴鹿コミュニティの小野さんとの対談が先月公開されたとき、
「コミュニティの人と人の間柄は家族のようなもの、いや家族以上かな」
というような一節が妙に心に残った。

家族ってなんだろう?
社会の最小単位とも言えるのかな家族は、その家族がどんなかによって社会も変わるのかな?
例え家人の一人が世間で受け入れられない事をしでかしても、そうするからには止むに止まれぬ事情があったのだろうと責め合うことなく庇い合う紐帯ともなるし、いや家族とはこうすべきものとお互い同士を縛り合う鎖にもなるし、現状の家族には様々あり過ぎて、元々どういうものなのかが判然としにくいかも知れない。
そして、家族以上ってなったら益々どういうことなんだろう?

鈴鹿コミュニティのツアーを終えたシンク君が、
「みんな本当に仲が良いんですね。本気で真剣にやっているけど、“てきと~”なんですね。」
と言っていたとか。
たまたま昨日、政府の発表があって、11月8日から緩和された外国人の入国が再び全面禁止となった。このパンデミックで1年サイエンズアカデミーに戻るために、入国を待ち続けていた韓国のジョンイン、8日から超特急で査証申請手続きを進めて12月11日に来日予定だったが、それもタッチの差でボツになってしまった。残念だが次のチャンスを待つ他ない。
今朝のニュースで、海外からの技能実習生を受け入れている建設会社の社長さんが、
「この政府の決定は痛手です。貴重な外国人の働き手を、国内で何とか賄うことは不可能です。仕事をお受けできないケースも出てきます。」
と言っていた。
“僕らは、なんでこれ程までにジョンインの来鈴を心待ちにしているんだろう?”
鈴鹿カルチャーステーションの廊下で、
「おねぇちゃーん」
と駆け足でアカデミーのお姉さんの胸に飛び込んで行った幼子と、その子をとても愛おしそうに見つめているアカデミー生を観ながら、そんなことを考えていた。
(文 坂井和貴)
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アズワンスタイル体験・実習プログラム について

サイエンズスクールで学び、次の社会の暮らしを実際に体験したいという方に、アズワン鈴鹿コミュニティに滞在しながら体験する【アズワンスタイル体験プログラム】を始めました。

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尚、現在のところ感染症への対策として、アズワンスタイル体験プログラムと実習プログラムは、サイエンズスクールの1週間のコースへ参加後、地元へ一度帰らずに滞在し、そのまま引き続きプログラムを受ける場合のみ、受け付けています。


【アズワンスタイル体験プログラム】

(プログラム例)
1.コミュニティの生活や、アズワンスタイルで暮らす人に触れ体験する

2.毎日の「体験プログラムやってみてミーティング」に参加して自分を振り返り、なんでもオープンに話し合う体験をする

3.日々のプログラムの中で気づいたことや、自分を観察してみたことなどを会員ブログに書いてみる。

(対 象)
◎ [2泊3日~6泊7日]
サイエンズスクール会員で、「自分を知るためのコース」に参加経験がある方。

(費 用)
◎ [2泊3日~6泊7日]
  〇事務手数料 3,000円/回
  〇体験費用(滞在費含む)5,000円/日





もっと長期で滞在して、実習を通して学びたいという方には【アズワンスタイル実習プログラム】を用意しています。

【アズワンスタイル実習プログラム】
(プログラム例)
1.コミュニティの生活や、アズワンスタイルで暮らす人に触れ体験する

2.毎日の「実習プログラムやってみてミーティング」に参加して自分を振り返り、なんでもオープンに話し合いながら、サイエンズメソッドで調べていく実習をする

3.コミュニティの職場で受け入れてもらいながら、アズワンスタイルでの仕事、職場作りを実習する

4.日々、プログラムの中で気づいたことや、自分を観察してみたことなど会員ブログに書く

(対 象)
◎ [7泊8日~3ヵ月]
・サイエンズスクール会員で、ベーシックコースすべてに参加し、実習としてサイエンズメソッドを学びたいという意志のある方。(参加には選考があります。)
・スズカファーム・おふくろさん弁当などの各職場で、毎日5~6時間(週6日)作業に参加できる方

(費 用)
◎ [7泊8日~3ヵ月]
  〇事務手数料 3,000円/回
  〇体験費用(滞在費含む)初日から10日目まで2,000円/日  11日目以降1,000円/日



詳細は「アズワンネットワーク事務局」へ、お問い合わせください。

アズワンネットワーク事務局
<連絡先>as-one@gw.main.jp
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アズワン鈴鹿コミュニティの紹介ビデオ(最新バージョン)

アズワン鈴鹿コミュニティ紹介ビデオ(最新バージョン)が完成しました。
字幕は、英語、ドイツ語、韓国語、ポルトガル語、日本語が選べるようになっています。(今後、中国語、フランス語も追加する予定です)
どうぞ、ご覧ください。
https://youtu.be/ISw34Ud99Ek

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